しっぽや1(ワン)

□ペット探偵の人探し〈後編〉
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自分がまだ現役の警察犬であった頃、人間の捜索は得意とするところであった。
犯罪者や行方不明者を何人も発見し、表彰状を貰ったこともある。
あのお方はそれをとても喜んでくれて、額に入れて飾ってくれたのだ。

化生してからは主に犬の捜索をやっており、何頭もの犬を飼い主の元に送り返せていた。
自分が犬を送り届けると安堵のあまり泣き出してしまう飼い主もいて、愛されているペット達を間近に見て羨ましく思っていたものだ。
しかし、今は自分にも飼い主がいてくれる。
仕事の成果を目を輝かせて聞いてくれる、愛しい飼い主がいる。
自分の能力を生かす仕事が出来ることに喜びと誇りを感じ、それを誉めてくださる飼い主がいる幸せをいつも感じることが出来ていた。


今回の依頼はそんな浮かれた気分が吹き飛ぶようなものであった。
『人間の捜索依頼』
しっぽやはペット探偵なので、今まではそんな依頼が来たことはなかった。
もし来たとしても、人探しが出来る化生は元警察犬であった自分以外居ないし、人の命に責任は持てないため黒谷が受け付けないだろう。
けれども今回は、事情が違っていた。
『犬の散歩中に行方不明になった』
この状況であれば、犬を探し出せれば人間も一緒に探し出せるかもしれない。
依頼人は黒谷の飼い主である日野の後輩だし、行方不明になっている彼の弟には以前に会ったことがある。
犬の好きな好ましい子供であるため、何か事件に巻き込まれているのなら助けになりたかった。
黒谷が依頼を受けることを了承したため、自分はかなり久しぶりに人探しをすることになるのであった。

とは言え、警察犬だったときとは勝手が違いすぎた。
警察犬の時はあのお方が雑事を引き受けてくていたので、自分は捜索だけに専念することが出来た。
しかし今は、周りの人間にどう説明すれば良いか、それすら分からない。
ありがたいことに、その雑事は日野が引き受けてくれた。
「いきなりペット探偵が人を探す、何て理由で尋ねてきたら、あからさまに胡散臭いだろ
 クッキーが連れてきた人であっても、家族には警戒される可能性大だ
 ここは『学校の友達と先輩も探してくれる』って説明してもらうから
 大麻生は外見年齢的にも『先輩の兄貴』として振る舞ってくれ
 そうすれば、後から黒谷や他のしっぽや所員が合流しても『兄貴の同僚』として違和感なく動けるよ」
移動中の電車の中で、日野は自分たちにそう指示を出した。
「わかりました」
自分は緊張と共に答える。
タケぽんと依頼人である『クッキー』も神妙な顔で頷いていた。


クッキーの家に到着すると、数人の人間が家の前でオロオロしている。
まだ、彼の弟はみつかっていないようであった。
庭の片隅には広めの頑丈そうな犬舎が置かれている。
犬舎はきちんと掃除されていて、清潔な水が入った器が置いてあった。
『大型犬を飼う』ということに責任と愛を感じさせる環境を見て、自分はこの家の人たちに好ましさを覚えた。

家の人たちが彼の弟を探しに出かけたのを機に
「それでは、この家を起点に捜索を開始します」
プロである自分が宣言をし、捜索を開始することにした。
自分が行方不明者の臭気を覚え辿ることも考えたのだが、流石に犬だった時よりは能力が劣っている。
そのため、自分と日野が犬側からの捜索、タケぽんとクッキーが人側からの捜索をすることになった。


自分はこの家を守るようなドーベルマンの気配に集中する。
家族のことを愛しているという、誠実で幸せな犬の気配。
きちんと散歩に連れていってもらっているため、家から数種類の特定のルートが延びている事が感じられてきた。
自分は1番気配が濃いルートを選び歩き出した。
気が急(せ)いているため、つい早足になってしまう。
「大丈夫、付いていけるから気にしないで行って
 俺、空の走りにだって付いていけるんだ
 本気で走られると流石に無理だけどさ」
振り返った自分が聞く前に、日野は笑顔で頷いてくれた。
黒谷が常々『日野は聡明だ』と言っているのは、誇張ではないようだ。
「かしこまりました
 このルートが1番ムスの気配が濃いので、日頃散歩で訪れることが多い場所だと推測されます
 今日もこのルートを辿った気配が残っておりますが…」
自分は辺りを見回して顔をしかめる。
そこは街灯もまばらな雑木林の側のため、すでに暗闇に包まれていた。

「まだ、明るいうちに来たんだと思うよ
 今は…居そうにないよね」
日野も辺りの様子をうかがっている。
自分は先ほど覚えたばかりの微かな臭気に集中してみた。
犬と人の臭いが、雑木林の奥に続いていた。
「少し気になることがあります、行ってみてもよろしいでしょうか」
日野が頷いてくれたので、自分たちは雑木林の奥に入っていった。
しかし、暗すぎて辺りの様子が伺えない。
「ライトかなんか、持ってくれば良かった」
日野の舌打ちが聞こえる。
自分たちは雑木林を抜け、また気配を追って歩き始めるのであった。
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