しっぽや1(ワン)

□ペット探偵の人探し〈前編〉
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side<HINO>

『後、1時間くらいで業務終了時間か』
しっぽや控え室で自習をしていた俺は、問題集から目を離し壁に掛けてある時計の針を見つめた。
外は暗くなっている。
今日はもう依頼人は来ないんじゃないかと、すっかり気を抜いていた。
自習をしている俺の邪魔にならないようになのか、控え室の化生達は大人しく雑誌や小説を読んだり、うたた寝をしている。
今日は俺の他にタケぽんがバイトに入っているのだが、俺の自習時間を作るため一人で業務をこなしてくれていた。
皆の気遣いに感謝し、己の幸せをかみしめて『絶対に一発合格しなきゃな』とやる気になってくる。

「こんな時間だけど一息入れるから、のる人いる?
 インスタントコーヒー作るよ」
俺が声をかけると、控え室にいる化生達が『お願いします』と笑顔を向けてきた。
黒谷とタケぽんの分もカップを用意して、俺がコーヒーとクリーミングパウダーを出したタイミングで

ドダダダダダダッ

激しい足音を立てながら、誰かが階段を上ってくるのに気が付いた。
『波久礼?最近落ち着いてきたのにこの慌てよう
 また猫がらみじゃないと良いけど…』
俺は少し不安を感じていた。


ココッ

ノックもそこそこに、バンッと扉が乱暴に開かれる音が聞こえた。

「あの、すいません、ここってまだやってますか?
 ちょっと急ぎで依頼したいんですけど、大丈夫ですか?」
焦ったような若い男の声が聞こえてきて、ビックリする。
『こんな時間に依頼人か
 でも、何か、聞いたことある声のような気が』
俺はコーヒーの準備を中断し、事務所の方に聞き耳を立てた。

「はい、大丈夫ですって、あれ?」
タケぽんの驚いたような声が聞こえた。
「え?あれ?武川?こんなとこでなにしてんの?」
相手も驚いた声を上げていた。
「えっと、久喜(くき)?だっけ?隣のクラスの
 って、何で俺のこと知ってんの?」
「お前、スポーツ系のクラブの間じゃ有名人だぜ
 皆、狙ってるんだ
 どこに所属するのかと思ってたのに、まだどこにも入らないとか気をもたせるよな
 先輩がお前のこと『背が高いだけの運痴(うんち)で、猫と菓子にしか興味ない奴』だって言ってたから、うちの部は早々に諦めたんだけどさ」
「まあ、当たってるけど身も蓋もない言われよう…」
そんな会話を聞いて、俺は依頼人の正体が分かった。

ここでバイトをしていることを学校の奴にはあまり知られたくないが、依頼人ならしょうがない。
「どうした?ドーベルマンが逃げ出したか?」
俺が控え室の扉を開けて姿を現すと
「え?日野先輩まで、何でここにいるんですか??」
陸上部の後輩は、更に驚いた悲鳴を上げるのであった。


後輩を事務所のソファーに座らせて、俺はインスタントコーヒーを出してやる。
「ありがとうございます、いただきます」
部活の後輩にきつく上下関係を刷り込ませてはいないのだが、律儀な後輩は俺の登場にすっかり畏(かしこ)まってしまった。
「先輩、俺のことせめて『運動音痴』ってちゃんと言ってくださいよ
 新地(しんち)校の運痴って、ゴロが良すぎるじゃないですか」
タケぽんがガックリと肩を落とした。
「そうそう、ゴロが良いんでデカい1年は新地の運痴って言って回ったんだ
 だから、あんまりしつこく勧誘されなくて助かったろ?」
俺はコーヒーを口にして、シレッと言ってやった。

「で、依頼は何だ?お前の家のドーベルマンが逃げたんなら、早く探さないと騒ぎになるぞ」
俺はそれを懸念していた。
犬が嫌いな者でなくても、飼い主がいない状態のドーベルマンが町中をブラブラしている様を見れば恐怖心を抱くだろう。
保健所に連絡されてしまっていることも考えられる。
「そうだった、お願いします、弟を捜してください
 こんな時間なのに、まだ家に帰ってこないんです」
後輩はハッとした顔になり、頭を下げて頼んできた。
俺とタケぽんと黒谷は顔を見合わせる。

「ごめんね、ここはペット探偵だから、人間の捜索はやってないんだ」
黒谷が申し訳なさそうに声をかけた。
「一応、警察に届けた方が良いと思うよ、最近物騒だしさ」
妹がいるタケぽんも、心配そうな顔をみせた。
「ああ、すいません犬も探して欲しいんです」
慌てている後輩を落ち着かせるよう
「ちゃんと順を追って説明してくれ」
俺はそう声をかける。
先輩からの命令で、彼はやっと依頼内容を詳しく話し始めてくれた。

後輩の言葉をまとめると
『小学校から帰ってきた弟が暗くなる前に犬を散歩に連れて行ったが、いつもなら1時間位で帰ってくるところ、夜になっても帰ってこない
 近所を回るだけだし犬を連れているからと、携帯や防犯ブザーの類は持って出なかった』
と言うことであった。
家族や近所の人も探しているが未だ発見できず、警察に届けた方が良いのではという話にはなっているらしい。
そんなとき、学校最寄り駅に貼ってあるしっぽやのポスターのことを思い出し、後輩が独断で依頼にきたそうだ。

話を聞き終わった俺達は、やはり顔を見合わせてしまった。
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