しっぽや1(ワン)

□飼い犬と贅沢デート
1ページ/4ページ

side<ARAKI>

「俺って、今まで贅沢だったのかな」
昼休みの教室で、パンを食べ終えた俺はため息を付いた。
「うーん、コンビニのサンドイッチもけっこう高いしな
 おばさんが朝忙しくて弁当作る時間無いんだったら、自分でパンにハムとキュウリでも挟んで持ってくれば安上がりなんじゃないか?
 ゆで卵だと面倒くさから、卵焼き挟むのも有りだぜ
 荒木、卵焼きくらいは作れたよな?
 後、ツナマヨは鉄板」
机を合わせ向かいに座っている日野が、おにぎり(本日6個目)を頬張りながら答えてくる。
「いや、ランチの話じゃなく」
俺はパックのカフェオレを飲むと声を落とし
「白久とのことだよ」
そう囁いた。

「あー、うん、まあ、贅沢と言えば贅沢だったよな、俺達」
日野は周りに気を配り、こっちに注目してる奴が居ないことを確認すると
「受験終わるまで泊まりに行ける回数減るから、やっぱ寂しいもんな
 前はちょいちょい行けたのにさ
 俺は部活引退して夏休み中よりバイトに行ける時間は増えたけど、泊まりは流石にな」
苦笑気味に告げてくる。
「俺は、ちょいちょい泊まりになんて行けなかったよ
 それでも今よりは行けてたなー、って今更気が付いた
 せっかく白久に対する親父の態度を軟化させることに成功したのに、イマイチ生かしきれなくてもったいないや」
腹いせ、とばかりに俺は飲み終わったパックをグシャッと潰す。
椅子の背もたれに体を預け
「早く受験終わんないかなー」
もう100回以上は呟いている文句を、また口にしてしまった。

「お前、そんなに予備校の授業取ってんの?」
少し驚いたように聞いてくる日野に
「最初はそうでも無かったんだけどさ
 弱いとこ克服しといた方がいいのかな、とか考えてるうちに増えてきちゃって
 お前みたく頭良くないから」
俺はつい僻(ひが)みっぽくグチってしまう。
「煮詰まってんなー
 1週だけでもコマ数減らして、白久のとこに泊まりに行けよ
 んで、スッキリして、次の週からまた頑張りゃ良いだろうが
 受験って言っても試験の日はまだ先だし、間にご褒美挟んで息抜きしないと逆に効率悪いぜ
 しっぽやに行くのもご褒美にはなるけどさ
 バイトとして事務所で会うのと恋人として部屋で会うの、違うだろ?」
日野が語る甘い誘惑に、俺の心がグラツいてくる。

「でも、良いのかな…、また模試あるのに授業取らないなんて」
グラツきつつも煮え切らない俺を後押しするよう
「俺で良けりゃ、自習に付き合うって
 俺の指導でタケぽんはうちの高校に受かったんだぜ
 講師として、けっこー優秀だろ?俺
 ちなみに俺は、先週黒谷のとこ泊まりに行ってリフレッシュ済み」
日野は悪戯っぽく笑った。
こーゆー風に余裕があるとこ、変に大人っぽいんだよな、と俺は日野に対してコンプレックスを感じてしまうが提案は魅力的だった。
早速スマホを取り出して、スケジュールを確認する。
「こことここをズラして、こっちを翌週に回すとどうかな
 …あ、そうすれば、ここの週末空けられそう」
それに気が付いて思わず笑みがこぼれてしまった。
「良かったじゃん
 きっと白久も寂しい思いしてるだろうから、決まったら連絡してやれよ」
「うん」
俺の心は早くも少し先の週末に飛んでいた。

「黒谷が捜索頑張ってるから、俺も頑張らないとって思ってさ
 予備校行かない日は、家で勉強してんだ」
日野が照れた顔をして、そんなことを言いだした。
「そういや最近、黒谷が所長直々(じきじき)に捜索出てるよな
 何かあったの?」
気になっていたので聞いてみると
「黒谷、大麻生と捜索勝負してるんだ
 俺とウラで言いだしたことだったんだけど、本人達も楽しくなってきたのか乗り気でさ
 白久も混ざる?
 優勝賞品とか別に無いから、本当に遊びみたいなもんだけどな」
日野からそんなことを誘われた。
「黒谷と大麻生の捜索勝負…」
そこに白久が混じるって、土佐犬とグレートデンの闘犬勝負にトイプードルが参戦する痛々しいイメージがわいてしまう。

『いやいや、実際は甲斐犬とシェパードの勝負に秋田犬が入るから、互角なんだろうけど』
いつの間にか自分が白久のことを愛玩犬のように感じてしまっていることに驚いた。
『これ、カズハさんの影響かも…
 あの人、本気で空のこと愛玩犬だと思ってるから』
そう気が付いても、やはり白久を勝負事には参加させたくなくて
「白久は黒谷の代わりに電話番頑張ってるから、それで良いんだ
 白久、所長代理もやってるからさ
 やっぱ事務所には責任者が居ないとね」
俺は曖昧な笑顔で答える。
「まあ、そっか
 猫達だと責任者っぽく見えないし、空は論外だからな」
日野は勝手に納得してくれた。

「とにかく、休み作って白久のとこに行くから、事務所で自習する時とか、ちょっと教えて」
俺が拝む真似をすると
「まかせとけ」
日野は笑顔で答えてくれるのだった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ