しっぽや1(ワン)

□飼い主と贅沢デート
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週末、私はいつもより早い時間に起きだした。
『荒木のためにお弁当を作るのは、久し振りな気がする』
午前の授業を終えそのままバイトに来る荒木のためにお弁当を用意できることが、殊(こと)の外嬉しく思えた。
荒木の好きなものを全部作って持って行きたかったが流石にそれは出来ないので、昨晩、メニューを厳選して考えておいたのだ。
それでも大量に出来てしまったおかずを重箱に詰め込んで、大荷物を持ってドアを開ける。
ちょうど行き合ったひろせも、大きな荷物を持っていた。

「おはよう、ひろせ
 タケぽんが泊まりに来るんですか?」
「おはよう、白久
 そうなんです、今日はタケシが泊まりに来てくれるんです
 それで昨日はお菓子を焼きすぎちゃって
 荒木も泊まりですか?」
お互いの荷物の多さで、飼い主の動向がわかってしまう。
「今日は、豪華なランチになりますね」
「はい、ランチもですが、お茶の時間を期待してください」
私たちは顔を見合わせて微笑み合った。
「おはよう、2人とも
 今日はご相伴(しょうばん)に預かれそうなんで、僕は弁当作ってこなかったんだ
 荷物、僕も持つの手伝うよ」
後ろから黒谷が声をかけてきた。
「お願いします」
私たち3人は足取りも軽く、しっぽやに向かっていった。



コンコン

ノックの前から、私には愛しい飼い主の気配が感じられていた。
「荒木」
腰掛けていた事務所のソファーから立ち上がり、一目散に飼い主の元へと駆け寄っていく。
ドアを開けて入ってきた荒木が私の顔を見て笑顔になった。
「白久、お疲れ様
 いつもの肉屋でメンチと唐揚げ買ってきたんだ
 まだ温かいよ、ランチに食べよ
 ひろせ、タケぽんはパン屋に寄ってから行くって言ってたから、来るのもう少し後になるって」
荒木に渡された袋は温かく、それは幸せな心の温かさのようであった。

「今日は張り切ってお弁当を作ってきました
 すぐに温め直しますね
 それと、今日は午前中に2件の依頼を達成しました」
荒木は私の報告を誉めて、頭を撫でてくださった。
「荒木が来てくれると、シロが張り切るから助かるよ」
黒谷が朗らかに話しかけてくる。
「今日は日野は予備校で来れないから、黒谷、寂しいんじゃない?
 ランチ、一緒に食べよう」
黒谷を気遣ってくれる荒木の優しさが嬉しい。
「ありがとう、それを期待して、今日はお弁当作らなかったんだ」
電話番を長瀞に頼み、私たちは控え室に移動して、楽しいランチを開始した。

インスタントスープを作り、温め直したおかずを並べ、テーブルの上が豪華になっていく。
遅れてきたタケぽんも加わって、皆で食べるランチは特別に美味しく感じられた。

「俺の好きなものばっかりだ、朝から作ってくれてありがとう白久」
隣に座る荒木が美味しそうに私の作った料理を食べるのを見ていると、会えなかった時間があったことなど忘れてしまうような幸福感に包まれる。
「メンチも揚げたてで美味しいです
 わざわざお肉屋さんに寄ってきてくださって、ありがとうございます」
そう伝えると
「手作りじゃなくてごめんね」
荒木はそう言いながらも、照れた笑顔を見せてくれた。

「今日は荒木に名刺の補充をお願いしたいんだ
 写真入りのやつ
 あれ、すごく評判良いんだよね
 何パターンか作ってもらえるとありがたいかな」
黒谷がスープを口にして、今日の業務内容を伝える。
「良かった、作ってるときは写真入れると子供っぽいかも、とか思ったけどさ
 動物好きな人には、覚えてもらえるんじゃないかなって
 フリー素材のイラスト探して、皆に近い犬種とか猫種があったら、そのバージョンも試してみたいんだ
 しっぽやのロゴデザインとかも出来ると格好いいんだけどな」
荒木は真剣な顔で提案してくれた。

「先輩、しっぽやのロゴなら『格好いい』より『ほっこりかわいい』方が良いんじゃないですか?
 ベタだけど『し』を猫の尻尾っぽくするとか」
「なら『ぽ』の半濁音は肉球イメージで?」
「それ可愛い!しかし『探偵』としてはファンシー過ぎますかね」
荒木とタケぽんが次々とアイデアを出してくれるが、私や黒谷、ひろせにはイメージが追いつかなかった。
それでも、飼い主達が私達のために一生懸命に何かをしてくれようとしている心は感じられる。
ランチを食べながら熱い議論を繰り広げる荒木とタケぽんを、私達は暖かな気持ちで見守るのであった。


やる気に溢れたその日は仕事がはかどり、私は夕方までにさらに2件の依頼をこなしていた。
荒木は新しい名刺を作ってくれた。
「ロゴデザインはもうちょっと待ってて
 HPとか運営出来るようになったら、本格的に始動させてみたいんだ」
皆に名刺を配りながら荒木がそう伝える。
「シロも荒木もご苦労様
 今日はもう上がって良いから、2人の時間をゆっくり楽しんで」
黒谷の言葉に甘え、私と荒木は事務所を後にする。
これからの時間を思い、私の心は軽かった。
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