しっぽや1(ワン)

□分かり合い惹かれ合う
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午前中は柴犬の依頼が続いたため、黒谷が早くも2件の仕事をこなしていた。
昼過ぎに洋犬ミックスの依頼が入ったので、自分は張り切って捜索に向かう。
ウラが来る時間までには戻れないだろうけれど、仕事をしている自分を誇りに思っていてくれることを知っている。
ウラが日野に自慢できる様な仕事をこなし、誉めてもらいたかった。
飼い主のことを考え自然とニヤケてしまう顔を引き締め、自分は依頼のあったミックス犬が残した痕跡に集中しその後を追って行った。


捜索対象の犬が車や電車に対する恐怖を持っているかどうかで、明暗が分かれてしまうことがある。
迷子になってパニックを起こし、人を攻撃してしまう事も懸念された。
今回の依頼は洋犬ミックスで、体重13kgの中型犬であった。
飼い主は『人懐こくて良い子なんです』と言っていたが、犬が嫌いな人間にとっては十分に恐怖の対象になり得る大きさだ。
近くには小学校もあり、ランドセルを背負った子供達の姿が見受けられてきた。
『まだ下校時刻には早いと思っていたが、何か行事があって時間が早まったのだろうか』
心に焦りが生まれ、自然と小走りになってしまう。
探している犬の気配らしき物が近くから感じ取れたのだ。

気配の先には数人の子供達が集まっていた。
その子供達を、さらに数人の子供達が遠巻きに見ている。
自分が近寄ると外側にいた子供達が怯えた顔になり、サッと散っていった。
『怖がらせてしまったか』
しかし、中央で集まっている子供達は自分にあまり注意を向けなかった。
彼らが注目していたのは輪の中心にいたミックス犬であった。
それは自分が捜索を依頼されていた犬だった。
『発見できた』
依頼を達成できた安堵で体から緊張が抜けていく。
そのミックス犬は子供達に撫でられ注目されて、ご満悦で尻尾を振っている。
人懐こいという飼い主の話の通り、確かに愛想の良い犬であった。

犬を撫でていた子供の1人が自分に気が付いて、顔に警戒の色を浮かべ犬を庇うように立ちはだかった。
「おじさん、誰?
 この子、野良犬じゃないからね、ちゃんと首輪してるでしょ
 僕んちの犬なんだ、皆も知ってるよな」
その子供の言葉に、周りの子供達は顔を見合わせながら曖昧な顔で頷いている。
「僕がこれからちゃんと家に連れて帰るから、大丈夫です」
自分を睨みながらそんなことを言う姿は、とても好ましく映った。
その子供から、彼を守るような犬の気配が漂っていたからだ。
『ドーベルマンを飼っているから、中型犬に躊躇(ちゅうちょ)無く触れていたのか』
自分と同じドイツ系の犬種を飼っているその子に、親愛がわいてくる。

「こんにちは、おじさんはペット探偵なんだ
 この犬が迷子になっているから探して欲しいって、飼い主に頼まれてるんだよ」
自分の言葉で、子供達の顔に興味と興奮が伺えた。
『探偵だって』『探偵?!』『探偵って、本当にいるんだ』
ヒソヒソとした囁きが、さざ波のように子供達に広がっていく。
「お巡りさんじゃないの?」
犬を庇っていた子供が、ポカンとした顔を向けてきた。
犬好きな子供のようなので、シェパードである自分のことを警察関係者だと思い込んでいたらしかった。

「皆、お家で飼っている犬や猫が迷子になったら連絡してください
 きっと、すぐに見つけてあげるからね」
自分はシェパードの写真が入っている名刺を子供達に手渡した。
子供達の顔から警戒がとれ、憧れの眼差しで見つめられる。
それは照れくさくも嬉しいものであった。
『荒木考案の写真入り名刺、子供達には効果絶大だな』
以前は文字だけのシンプルな名刺を使っていたのだが、同じ犬種の写真を入れると分かりやすくて良いと、荒木が皆の分をパソコンで作ってくれたのだ。

「おじさんが、ちゃんとこの子を家まで送っていくよ」
自分はリードを取り出して、犬の首輪に繋いでやった。
飼い主が心配していることを想念で伝えるとミックス犬はソワソワし、リードを引いて帰りたそうにし始めた。
まだ少し名残惜しそうな顔をしていた子供がペコリと頭を下げ
「よろしくお願いします」
礼儀正しくそう言った。
「お家のドーベルマンを大事にしてあげてください」
自分が伝えると
「何でドーベルマン飼ってるの知ってるの?」
その子は驚いた顔をする。
「名探偵だ!」
「何か推理したんだ!」
「すげー!格好いー!」
周りの子供達が歓声を上げ、ますます尊敬の瞳で見上げてきた。

『多くの人間に誉められるというのは、気持ちよくはありますね』
自分はリードに繋がれたミックス犬にこっそりと想念を送る。
彼は『だろ?』と言わんばかりに、半分垂れている耳を持ち上げフンッと鼻息を吐いた。

それから彼を送り届けると、自分は飼い主が待ってくれているであろう事務所に依頼達成の報を持ち、足取り軽く帰るのであった。
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