しっぽや1(ワン)

□分かり合い惹かれ合う
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業務開始直前のしっぽや事務所、皆で簡単な掃除をしている最中に
「おはようございます、遅くなってすいません」
少し慌てた感じのひろせがノックもそこそこに飛び込んできた。
「まだ業務開始前だから、かまわないよ」
黒谷が笑いながらそう答える。
「はい」
しかしひろせはションボリとうなだれていた。

「珍しいね、寝坊したのかい?
 そろそろ布団の暖かさから抜け出すのが難しい季節になってきたからな」
自分が話しかけると
「タケシが風邪をひいてしまって、学校もバイトもお休みするんです」
ひろせはさらにうなだれた。
「そう言えば今朝、タケぽんからバイトを休むって連絡もらったよ
 ちょっと熱が高いみたいだね」
黒谷が納得した顔で頷いた。
「お見舞いに行って看病してあげたいけど、そう言うわけにもいかないのがもどかしいんです
 一緒に暮らしていたら、温かい物を作ってあげたり、体を拭いたりしてあげられるのに
 そんなことを考えていたら、部屋を出るのが遅くなってしまいました」
ため息をつく彼に、飼い主と一緒に暮らしている化生が顔を見合わせる。
それで、ウラに何かあったときには側にいて、少しでも手助けできる自分は幸せなのだと思い至った。

「焦らなくてもタケぽんが元気になってひろせの部屋に来てくれたときに、美味しい物を作ってあげると良いのでは
 お汁粉や米麹の甘酒、ホットミルクセーキとか、温かくて甘いものはどうでしょう」
「サトシは風邪の時は擦った生姜と梅干しにお湯を注いで飲むと体が温まって良い、って言ってたよ
 後、蜂蜜大根が喉に良いんだって
 寒くなってくると、よく作るんだ」
長瀞や羽生のアドバイスを、ひろせは真剣に聞いていた。
自分も思わず聞き耳を立ててしまう。
あのお方は体を壊して亡くなってしまったが、余りに急なことだったため犬の生を終えるまで実感がわかなかった。
健康が大事だと理解していても体調を悪くしている人間の役に立つには何をすればよいか、自分もよく知らない事に今更ながら気が付いたのだ。

そんな自分の様子を伺っていたのだろう
「卵酒もひき始めの風邪に効くと、以前、秩父先生に教わりましたよ
 寝る前に飲むと体が温まるので、冬に荒木が泊まり来た時に作ったことがあります
 荒木は未成年なので、お酒はアルコール分を飛ばして作ってみました」
「日野のお婆様から、卵酒は梅酒を使っても美味しいと教わったんだ
 梅酒の時は砂糖の量を控え目にするのがポイントだって」
白久と黒谷がそんなことを教えてくれる。
長瀞や新郷もそうであるが、この2人も常に人の健康に気を使っていた。
「後で詳しい作り方を教えてください」
ウラのために少しでも出来ることを増やしたかった自分が頼むと、2人は快く頷いてくれた。


「タケぽんが休みとなると、今日のバイトは日野だけになりますね
 大丈夫ですか?
 ウラはペットショップの仕事が休みなので、連絡してみましょうか」
自分の言葉で黒谷がニヤリと笑う。
「日野は有能だから1人でも支障はないんだけどねー
 でも大麻生、少しでもウラと一緒に居たいだろう?
 来てくれるなら、休日出勤扱いにしてあげるって伝えておいて」
自分の考えていることは彼にはお見通しであった。

照れくさい気分でウラにメールをすると『買い物に行ってランチ食べて、部屋で一息付いたら行くよ』と返信が来た。
文字の後にハートの絵文字が入っている。
『絵文字』と言う物を理解するのは難しいが、これだけはすぐに覚えられた。
『これは、俺がソウちゃんのこと好き、ってマークなんだよ』
ウラはいつも文の最後にこのマークを付けて愛を伝えてくれる。
自分も『お待ちしております』と返信文を作成し、ハートマークの絵文字を入れた。
離れていてもすぐに愛を伝える手段が身近にある今の世が、ありがたかった。

「ウラから出勤できると返事がありました
 日野の出勤と同じくらいの時間に、事務所に来ると思います」
自分は愛のマークが溢れるスマホをポケットにしまいながら、黒谷に報告する。
「せっかく休みの日なのに、ありがとうね
 よし、今日は僕も捜索頑張ろう
 何か日野とウラ、僕と大麻生の捜索件数を競ってるみたいだからさ
 日野に格好いいところを見せないと」
黒谷は鼻息も荒く宣言する。
「負けませんよ、自分は捜索のプロですからね」
黒谷の挑戦を受け、自分も不適に笑い返してみせた。

「2人が捜索を頑張ってくれるなら、私は電話番をしてます
 今日は荒木は予備校で、バイトに来ませんから」
自分たちの会話を聞いていた白久が、すかさずそんなことを言う。
「…うん
 良いけどシロ、所長机でうたた寝はしないでよ」
苦笑気味の黒谷に釘を刺され、白久は曖昧な顔で笑っていた。

そんな感じでいつもの和やかムードの中、しっぽやの業務開始となるのであった。
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