しっぽや1(ワン)

□安らぎの居場所
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「きっと今日のソウちゃんはスロースタートなんだ
 勝負はこれからだぜ!
 あ、そう言えば、日野ちゃんにはまだ払ってもらってなかったな」
ウラはそう言うと、俺に向かって手を差し出してきた。
「?」
訳が分からず訝しげな顔を向ける俺に
「ほら、いつぞやのキスの代金」
ウラは当たり前のことのように言ってのけた。
「はあ?何で?」
思わず、大きな声が出てしまう。
「日野ちゃんが俺のキスは『高い』って言ったんじゃん
 荒木少年は払ってくれたぜ」
ウラは頬を膨らませる。
『マジか…荒木、どんだけお人好しなんだ
 ウラのこと甘やかすなよ』
俺は頭を抱えてしまった。

「本当に1万も払ったのか?」
俺は疑いの目でウラを見てしまう。
「荒木少年からはチョコ貰った
 ほら、五円玉みたいなチョコあるだろ、あれ2個くれて『大麻生とこれからも十分ご縁がありますように』って
 後は出世払いでツケにしといてくれってさ
 あのチョコ、ソウちゃんと1個ずつ食べたんだ、これで俺達の縁は深まったかな」
無邪気に笑うウラを見ながら
『荒木、グッジョブ!』
俺は心の中で荒木を讃える。

「んじゃ俺は、とっときの飴あげるよ」
婆ちゃんに頼まれていた物であったが後で買い直せばいいかと、俺は封の開いていない飴の袋を鞄から取り出した。
「お、純露じゃん!舐めるの久しぶり!」
ゴネられるかと思ったが、ウラは純粋に喜んでいる。
ゴージャスなチャラ男が渋い飴の袋を抱きしめるという、シュールな光景がそこにあった。
「これさ、気を付けて舐めないと先が尖ってくるんだよな
 ガキの頃、よく口の中刺してたわ」
そんなウラの言葉に、俺は少なからず驚いてしまう。
「ウラ、そんなの口にしてたんだ」
呆然と呟くと
「俺、爺ちゃん婆ちゃん育ちだから
 つか、高校生に純露貰うとは思わなかった、渋いな、お前
 それとも今ってこれが流行ってんの?」
今度はウラが驚いたような視線を向けてくる。
「あ、俺も婆ちゃん育ちなんだ」
俺が答えるとウラの顔が少し曇った。

「もしかして…親、離婚してる?」
戸惑い気味の問いかけで、俺も察しが付く。
「ウラのとこも…?」
彼は苦笑しながら頷いた。
「親の離婚なんて、そんな珍しいことでもないけどさ
 でも…
 珍しくないはずなのに、俺の周りにそんな境遇のやつ居なかったんだ」
ウラの言葉が心に突き刺さる。
「…だね、俺も同じ」
俺は以前にも感じたことのある親近感を、再びウラに感じていた。

「もし、黒谷と出会えてなければ、俺もウラと同じ様になってたかもしれない
 初めてウラに会ったときそう思って…怖くなった」
ウラから『男娼』と言う言葉を聞かされたとき、誰かに体を任せて屈辱にまみれながら生きるしかなかった和銅の記憶が蘇り、ものすごい嫌悪感に襲われたのだ。
初めて会ったウラに対する反感は、そこからきていたのだろう。

「まあ、あの仕事は資格もいらないし、稼げるから手軽ではあるよな」
ウラがあっけらかんとした感じで語るので、俺は少し驚いてしまった。
親に売られた和銅と、自分からその道を選んだウラは感覚が違っているのかもしれなかった。
「でもお前は、頭良いんだろ?
 親が離婚してたって、大学行って普通に就職できたんじゃねーの?」
不思議そうなウラに
「どうかな…」
俺は暗い顔で答えた。
何となくだけど、進学してもまた、ろくでもない先輩にひっかかって弄ばれそうな気がしたのだ。
ウラもその辺を察してくれたのか
「あー、写真に写ってた日野ちゃんって、ちょっと加虐心を煽る顔してたもんな」
困った風に頭をかいていた。

「でも今は、くそ生意気な面構えだ」
ウラは俺の頬をグイッと両手で引っ張った。
「ひてて、あにふんらよ」
俺が慌てると
「黒谷に愛されてるって、幸せ面ぶらさげてるって言ってんの
 そんな可愛くない奴、相手にされないぜ
 客の好みに合わせた演技出来なきゃ、稼げるってもたかがしれてるしな
 俺みたいに器用じゃないとさ」
ウラは艶然と笑ってみせた。
「ま、今となっては、俺もソウちゃん以外と寝るのはごめんだけど
 だってソウちゃん、超テクニシャンなんだもん
 毎回頭真っ白になっちゃうんだ
 ソウちゃんが言うには、俺の教え方が良いんだって
 俺が教えた通りに、こっちの反応見ながらしてくれんの
 昨夜だってさ…」
頬を染めうっとりとした顔になったウラが、得々と夜の情事を語り出したので俺はその口を両手で塞ぐ。

「いいから仕事しろっての
 これ、未入力分の報告書
 40秒で入力しな」
「目がー」
俺達は有名なアニメ映画の台詞を真似、笑いながら仕事に精を出した。
ウラとこんな風に一緒に働くなんて、初めて会ったきには思いもしなかったことだ。

しっぽやにいるといつも前向きで明るい気持ちになれる。
その気持ちに、周りの状況が付いてきてくれるようであった。
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