しっぽや1(ワン)

□新しい仲間
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約束の土曜日は天気が良く、夏が戻ってきたような陽気になっていた。
大麻生はいつもきちんとした服装をしていたが、今日は飼い主の見立てなのだろう、いつになくカジュアルな格好をしていた。
黒いシャツの胸元は大きく開かれ、首にはゴツいシルバーアクセサリーを着けている。
シェパードだった彼には、そのワイルドさがとても似合っていた。

そして彼の飼い主はと言うと、外見からは想像していたような真面目さは全く窺えなかった。
猫の化生のように煌びやかで整った顔立ち、金色に染められたキレイな長髪、均整のとれたしなやかな体つき、それを最大限に引き立てる術を知っているファッション。
ゲンの言葉は誇張ではなかったようだ。
まだ若々しく、カズハ君と同じくらいの年に見えた。
大麻生と同じようにシャツの首元を大きく開け、美しい首筋を小振りのシルバーアクセサリーで飾っている。
俺はそれを見て、思わず視線を逸らしてしまう。
相手もそれに気が付いたのだろう、少し顔をしかめられてしまった。


「桜様、こちらが自分の飼い主のウラです
 やっと自分も新郷と同じ境遇になれました」
居間に通しミルクティーを出すと、大麻生は畏(かしこ)まって飼い主を紹介した。
彼の顔は喜びと誇りに満ちあふれている。
『飼い主を紹介する』
そんな事がことのほか嬉しいのだろう。
新郷も昔はそんな顔で、飼い主のいる化生に挨拶をしに行ったものだ。

「初めまして、新郷の飼い主の桜沢 慎吾です」
俺が頭を下げると
「ども、大麻生の飼い主の山口 浦です」
彼も同じような挨拶を返してくる。
「山口さんも、何か本を読まれますか?
 俺が持っているもので良ければ、貸しますけど」
大麻生と一緒に来たということは、彼も読書が趣味なのかと思い聞いてみたが
「あー、俺、活字アレルギーっつーか、本とか読まないんで」
何とも歯切れの悪い答えが返ってきた。
その後の会話が続かず、気詰まりな沈黙が訪れる。

「大麻生、この前貸した本の新刊が出たんだ
 前の話が絡んでいて、シリーズを通して読んでいるとさらに面白く読めると思うんだが読むかい?
 本を買った日に一気読み、ということを久しぶりにしてしまったよ」
「ええ、あのシリーズは人間関係が肝ですね
 『人情』というものの勉強になります
 自分は、このような本をお持ちしましたがお読みになりますか?
 社会情勢が取り入れられているので、これも勉強になるかと選んでみました
 ニュースなどで報道されているものより、深く内情がわかります
 本当に、人の世は複雑ですね」
沈黙に耐えきれず、俺は大麻生を伴って本棚の前に移動した。
山口さんの相手を新郷に丸投げしてしまったが、愛想の良い彼の方が上手く接客出来るだろう。
新郷は小説を読まないので、俺は暫くの間、大麻生と気になる本についての雑談を楽しんでいた。


お互いに本を選び終わり、大麻生は持ってきた鞄に荷物を詰め込んでいる。
俺も借りた本を自分の本と混ざらないよう別の場所に置いていた。
そんな中で、新郷と山口さんがしゃべっている声が耳に届いてくる。

「でね、桜ちゃん寒がりだからさ、この時期の飲み物には気を使うわけ
 喉乾いてるときでも冷蔵庫から出したばかりの冷えたやつだと、お腹痛くしちゃったりするんだよね
 かといって、熱々だと喉乾いてても一気に飲めないじゃん
 だから、常温かそれよりちょい熱めの飲み物を用意するんだ」
「それでさっき、俺達のは氷入りのミルクティーだったのに、自分達のはホットだったんだ」
「だって大麻生もウラも喉元ガッツリ開いた服着てたから、暑いのかと思ってさ
 桜ちゃんは、そーゆー格好ダメなんだ
 喉元そんなに開けてたら、風邪引いちゃうもん
 夏場も店に入ると冷房強いから、きちんと上までボタン止めてガードしないとダメなくらいだし
 職業柄、きっちり見えるから良いんだけどね」
「マジ?あの几帳面なファッションって、防寒なの?」
「そう、可愛いだろ桜ちゃんって
 身持ちが堅く見えて、俺には大胆なときもあるのがまた燃えるんだ
 こないだ雨が降った晩も寒かったじゃん
 だからするときも風邪引かせないよう、最大限の注意を払ったんだぜ
 終わってからだってずっと抱きしめて、俺の体温で温めてんの
 でもさー、そうやってクッツいてると、またしたくなっちゃうんだよ
 だって桜ちゃんの寝顔は可愛いし、規則正しい寝息が胸元くすぐってくるし…」


「新郷!」
俺は彼に駆け寄って慌ててその口を塞いだが、時既に遅し、と言った感じだった。
新郷だけに相手をさせればこのような展開になるのは分かり切っていたハズなのに、気詰まりを感じたくらいで丸投げしてしまった数十分前の自分が呪わしい。
真っ赤になりながらチラリと山口さんを見ると、呆然とした顔で俺を見つめていた。
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