しっぽや1(ワン)

□新しい仲間
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side<SAKURA>

すっかり秋も深まって、朝晩は『肌寒い』を通り越し冬の寒さを感じる日が続いていた。
今日のように雨が降っていると、もう真冬なのではと疑いたくなってしまう。
夕飯を食べて体が温まっていたと思ったが、湯船に体を入れると手足にジンとしびれが走る。
湯の温かさに『ほうっ』とため息が出てしまった。

飼い主と一緒にシャワーを浴びる化生が多い、と新郷が期待を込めた視線を送りながら言っていたが、湯船に1人でゆっくりと浸かりたかった俺はそにの無言の訴えを無視していた。
『もう少し暑い時期なら、一緒にシャワーを浴びるのも良いのだがな』
少し申し訳なく思ってしまうが、新郷はそんなことくらいで落ち込まないことを知っていた。
新郷は俺の全てに肯定的なのだ。
そのことは、俺をいつも満たされた気持ちにしてくれていた。


風呂上がり、居間に戻ると満面の笑みを浮かべた新郷が
「はい、焙じ茶煎れておいたよ
 もう良い感じに冷めてると思うんだ」
そう言ってちゃぶ台の上の湯飲みを指し示してくれる。
「ありがとう」
常温よりは温かいお茶を、俺は一気に飲み干した。
乾いていた喉が潤っていく。
「そろそろ、冷たいのを一気に飲むとお腹に負担かかるでしょ」
湯飲みをちゃぶ台に置くと、新郷が新たなお茶を注いでくれた。
「ああ、もう冬の寒さだ」
俺は新郷の隣に腰を下ろし、煎れたてのお茶の香りを楽しんだ。
「雨だし、今日なんかもう真冬って感じだよね
 だからさ、寝る前に暖まらない?」
新郷の手が、そっと俺の手に触れる。
「…そうだな」
考え込むふりをして答えたが、湯に浸かりながら同じことを考えていた。

「やった」
新郷の笑みが深くなる。
その笑顔の愛らしさに見とれてしまうのは『親ばか』であるのだろうか。
新郷に対しては『恋人』と『ペット』、どちらの立場に対しても同じくらいの愛情を感じるのだ。
『まったく、化生とは不思議な存在だ』
そう思いながら、俺は新郷の髪を撫でてやった。

「そうだ、桜ちゃんが風呂入ってる間に、大麻生から電話があったんだ
 次の土曜に、本を借りに来たいんだって
 で、飼い主も一緒に連れて行って良いかって聞かれたから許可しといたよ
 あいつも、やっと飼い主自慢出来るようになったからなー
 たまには付き合ってやらないと
 まあ、俺と桜ちゃんの歴史には、まだまだ遠いけどさ」
新郷は俺の手にグイグイと頭を押しつけながら、誇らかな顔になる。
「大麻生の飼い主か…」
俺はまだ会ったことはないが、ゲンに言わせると『猫の化生みたいな美形』であるらしい。
大げさなゲンの言うことだから、話半分に聞いていた。


大麻生は化生にしては珍しく小説の類(たぐ)いを読むので、たまにお互いの本を貸し借りしているのだ。
生前警察犬として活躍していた彼が好むものは、社会派や本格推理ものが多かった。
きっと以前の飼い主の影響なのだろう。
俺にとっても興味深く読めるジャンルなので、貸してもらえるのはありがたいものであった。

大麻生は見かけこそ強面だが、警察犬らしく真面目できちんとした性格なので俺にはとても付き合いやすい化生である。
そんな彼が選んだ飼い主であるなら、きっと真面目な人なのだろうと想像が付く。
うちの会計事務所専属になって抜けた新郷の穴を埋めるため、しっぽやと武衆を掛け持ちで頑張っていた事を知っている俺は、彼に飼い主が出来たことを喜ばしく思っていた。
「大麻生も、やっと腰を落ち着けてしっぽやで働けるな
 警察犬であったのだから、捜索作業は本職だろう
 もっとも、警護も本職だから武衆に居たわけだが
 彼はプロとして多才だな」
俺の言葉で、新郷が少し不安そうな視線を向けてきた。

「新郷は会計士、会計事務員、しっぽや捜索員、栄養管理と調理師、清掃員、可愛いペット
 それに、頼れる恋人で家族だ
 こんなにマルチな化生は他に居ない、かけがえのない存在だよ」
俺は頬が赤くなるのを感じながら、日頃思っていることを新郷に伝える。
「うん、俺、凄いよね
 桜ちゃんの家族だもん」
新郷は俺に抱きついてきて、甘えるように頭を肩にすり付けた。
「いつでも側にいてくれる、大事な愛犬だ」
「うん、いつも桜ちゃんの側に居るよ、ずっと一緒だもんね」
俺達は見つめ合って、唇を合わせた。

「風呂に入って温まってこい
 ベッドで待ってるから」
新郷の体を放しそう言うと
「風呂入っても、どうせ汗かいちゃうと思うけど
 桜ちゃんだけキレイな体ってのも悪いしね
 俺もキレイにしてくるよ」
新郷は嬉々として俺の指示に従った。

側にいた体温が離れてしまうのは名残惜しかったが、俺は先ほど煎れてもらったお茶を飲んで流しに湯飲みを置くとベッドに向かい、愛する恋人の訪れを待つのであった。 
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