しっぽや1(ワン)

□不思議な同僚
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「ひろせ、今日も可愛いねー
 こないだ焼いてくれたケークサレっての?美味しかったよ
 甘くないケーキもあるんだな、学がないから知らなかった」
ウラはソファーに座るひろせに抱きついて頭を撫でた。
ウラの言うことは、やはり学問の知識とは違う気がする。
「長瀞がお裾分けしてくれた煮物も、美味しかったぜ
 大根に味が染み染み!
 あと、あの特製フリカケ、超お役立ち!」
今度は長瀞さんの頬にキスをしている。
「双子ちゃんは今日もキレイだね
 今度また対になるコーディネートしてやるからな」
すかさず双子を両手に抱きしめて頬ずりしたりして、ウラはとても猫プロっぽかった。

その様子を見ていた日野が
「ウラって、犬派だって言ってなかったっけ?」
呆れたように口にする。
「どっちかって言ったら、って言ったろ?
 俺、猫も好きだもーん」
ウラはキシシと笑ってひろせの頬にもキスをした。
「荒木少年だって猫飼ってるって聞いたぜ
 分かるだろ?この気持ち」
ウラにそう言われ、俺は苦笑しながらも頷くしかなかった。

それからお茶棚の中を確認し欲しいお茶やお茶菓子をメモしていると、捜索を終えた大麻生が事務所に戻って来た。
すかさずウラがアイスミルクティーを作り、大麻生に持って行く。
「ソウちゃん、お疲れさま」
ウラは優しい顔で大麻生にグラスを渡し、キスをした。
大麻生は嬉しそうな笑みを浮かべている。
飼い主が居ない時はキリリとした感じの強面だったけど、今ではすっかり『可愛がられているペットの顔』になっていて怖さが半減していた。
「買い物には俺が行ってくるよ
 ウラは大麻生と一緒に居てあげな
 さて、黒谷の代わりに外回りしてくるか」
気を利かせた日野がメモを持ち、事務所を出て行った。

控え室で報告書を書く大麻生を、ウラはうっとりとした顔で見つめている。
「大麻生の前では、猫、構わないんだね」
俺は小声で囁いてみた。
「焼き餅焼くからね」
ウラは少し照れたように笑った。
『この人、大麻生と一緒に居ると可愛い感じになるんだ』
俺はそう気が付いて、少しこの人に対する感覚が変わっていった。
色々、話をしてみたいと思ったのだ。

「ウラって、日野と付き合い長いの?」
何となく気になっていた事を思い切って聞いてみる。
「いや、ソウちゃんに会う直前に知り合ったんで、ほんと最近だな
 荒木少年は?日野ちゃんとは幼なじみ的存在?」
「いや、俺も高校入ってから出来た友達だから、付き合い自体はそんなに長くないよ」
それでも日野との付き合いは深いんじゃないか、なんて改めて思い至った。
「高校かー、俺、ろくでもない友達しか出来なかったからなー
 まあ、当時はそれなりに楽しかったけど
 卒業出来たのも奇跡みたいなもんで、とても進学なんて出来たアタマじゃなかった
 お前も日野も凄いな、大学受験するなんてさ
 俺『勉強』って言葉大嫌いで楽な方に流れて生きてきたから、頭良い奴にはコンプレックスあるんだ」
ウラはため息を付いた。

自信満々に見えるウラのそんな言葉に、俺は少なからず驚いてしまう。
「俺も別に頭良くないよ、模試の結果もギリギリだし
 むしろ、日野の方が勉強出来て成績良いんだ」
俺は思わずそんなことをバラしてしまった。
「マジで?あいつ陸上部でエースなんだろ?
 運動も出来て、勉強も出来て、背は低いけど顔だって良いし
 出来すぎててイヤミな奴じゃん?
 一緒にいると比べられて嫌な思いとかするんじゃねーの?」
ウラに訝しげな顔を向けられ、俺はビックリしてしまう。
今まで日野に対してそんな事は思ったこともなかったのだ。
「俺自身が日野にコンプレックス感じること、無いとは言えないけど…
 嫌だって思ったことは1度も無い、と言うか、全然気付いてなかったよ」
俺って鈍いのかな、なんて笑ってしまう。

「荒木少年って、ほんと『少年』って感じなんだ
 ゲンちゃんが少年って言いたがるの分かる気がする
 俺にも荒木少年みたいな友達がいたら、少しは違う道があったのかな
 これまで俺に近付いてきた奴は、俺のこと利用しようとしてただけなんだって、今なら分かるぜ」
ウラは少し眩しそうに俺を見た。
「利用?」
その言葉に首を傾げると
「性のはけ口として」
ウラは怪しく微笑んだ。
思わず赤くなる俺に
「ウソウソ、こんくらいの冗談で赤くなるなんて可愛いなー」
ウラは俺に抱き付いて猫の化生にしていた様に、頬にキスをしてきた。
そのまま唇が移動して、耳朶(じだ)を軽く噛む。
「荒木少年も、日野に負けないくらい可愛いよね」
クツクツと笑う美しい顔を間近にし、俺は頭がクラクラする。
ウラは見かけよりも力が強く、俺を抱きしめる手をふりほどくことが出来なかった。

「ちょっと味見しちゃおっかな」
ウラの唇が迫ってきたところでやっと本格的な危機意識が芽生え助けを求めるために大麻生に視線を送るが、彼は真面目な顔で報告書にペンを走らせている。
こちらの状況に全く意識を向けていなかった。
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