しっぽや1(ワン)

□分からないのに惹かれる8
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爺ちゃんのとこに帰ってから数日後、俺は覚悟を決めると久しぶりにあいつのスマホに連絡を入れてみた。
驚いたことに、あいつの方から荷物を引き上げて出ていってくれと言ってきた。
どうも、新しいオモチャを手に入れたようだ。
『心配させたくて暫く連絡しなかったのに、何だよそれ』
とか何とか、俺はまだ未練があるフリをして、あいつの自尊心をくすぐってやった。
チヤホヤされることに慣れきってるあいつは、あっさりと俺の嘘に騙されてくれた。

嫌なことはさっさと終わらせるにかぎるので、俺はその日のうちにあいつのマンションに出向いて行った。
着替えを鞄に詰め込む俺に、あいつはなめ回すような視線を向けてくる。
『ちっ、格好良さげなこと言ってたって、俺に未練タラタラじゃねーか
 あいつ好みに着飾ってきすぎたか
 でもこれ、まだ俺の身体がエサとして有効ってことだよな』
俺は心の中で盛大にため息を付くと
「金はいらないからさ、分かれる前にもう1回だけ抱いて」
シオらしくそう懇願してやる。
案の定、あいつはそれに飛びついてきた。


『あー、こいつ、本当に下手くそ
 ソウちゃんとした後だと、マジそう思うぜ
 金貰わないと、やってらんねーレベル
 途中で寝そうになるとか、俺もやる気無さ過ぎだけどな』
何とか苦行を終えた俺は
「シャワー浴びてきて、その間に消えるよ
 貴方の記憶の中で、最後はきれいにいなくなりたいから」
そんな最後のお願いをする。
自分で言ってて意味不明の頼みに、あいつは『困った奴だな』と言わんばかりの顔で頷いた。

『どんだけバカなんだ』
心底呆れながら、俺はあいつが部屋に戻ってくる前にデータ削除に取りかかる。
あいつ自身もヤバいデータであることはわかっているので、以前にPC等複数の場所に保存していないと言っていたのは救いであった。
ロックもかけてない置きっぱなしのスマホを操作して、本体及びクラウドの画像データを消去する。
ついでに電話帳やそのバックアップデータも消去しまくってやった。
それからテーブルの角を利用してスマホ自体をへし折り、そこにペットボトルに入っていたジュースをぶちまける。
『金出せばデータを復活させられないこともないだろうけど、それをやるにはリスクが高すぎんだろう
 電話帳はまだしも、あの写真はヤバいもんな』
宗旨(しゅうし)替えしてデータの保管場所を変更していないことを祈りつつ、俺はその場を立ち去った。
用の無くなったマンションを、俺は二度と振り返らなかった。



口直しとばかりに、俺はその晩ソウちゃんに首輪と鎖を着けて警察犬プレイをしてみることにした。
素肌に黒い首輪を着けたソウちゃんは凄く格好良くて、見ているだけでもゾクゾクする。
そんな彼を鎖で繋ぎ『こんなに凄い犬が、自分だけの犬である』と言う優越感を十分味わった。
ソウちゃんも、飼い犬としての自分を満喫しているように見えた。
目に見える形で俺に所有されていることに誇りと喜びを感じているようで、いつもより反応が激しかった。
当たり前だが、あいつとするより何倍も気持ち良い。
何度も求め合い繋がりあって、俺達は2人の時間を楽しんだ。

情熱の果ての安らぎの時間、日野との約束を果たしたことを伝えると
「お疲れさまでした」
彼は俺が何をしたのか深く聞こうとはせず、労(ねぎら)うように強く抱きしめてくれる。
俺が何か望まないことをしてきたということを、察してくれているようだった。
「うん、これからはもう、ソウちゃんだけのものになるから」
俺は愛しい飼い犬の温もりを感じ、幸せのうちに眠りに落ちるのであった。



『さて、厄介なことはあらかた片付いたけど
 仕事、どうしよう…』
俺は最後の難関を前に、少し途方に暮れていた。
ソウちゃんは自分が養うから仕事は無理にしなくて良い、と言ってくれている。
元警察犬であるソウちゃんにとって、自分が働いて飼い主が賃金を得るということに全く違和感は感じていないどころか、それが当たり前だと思っている節があった。
『そりゃ、訓練士は犬の世話が仕事だけどさ』
今の俺は家事手伝い、とは言えない程度の家事しかやっていない。

料理はソウちゃんに作ってもらっている。
俺が作るのはパックの飲み物を混ぜるだけの、アイスミルクティーだけだ。
飼い犬の栄養管理をしているのには、ほど遠かった。
洗濯は乾燥機付きの全自動洗濯機まかせの上、スーツやシャツ類は懇意のクリーニング店に頼んでいた。
俺が洗うものはタオルやハンカチ、下着や靴下と言った小物ばかりで、シーツなどの大物はソウちゃんが洗ってくれている。
ソウちゃんは自分の物はきちんと片付けているし、料理をした後の洗い物もしてくれるので掃除する場所もそんなにないのだ。
それでも俺がスマホや家電の新しい機能を教えると、感心したように聞いてくれて
『ウラと居ると勉強になって助かります』
そんな健気なことを言ってくれるのであった。
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