しっぽや1(ワン)

□分からないのに惹かれる8
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side<URA>

ソウちゃんの正体が判明した後も、俺達の関係はあまり変わらなかった。
変わらなければいけないことはわかっている。
けれども俺はその1歩を踏み出せないでいた。
「急がなくてもかまいません、一緒にいられるだけで幸せなのですから」
そう言ってくれるソウちゃんの優しさに甘えて、ダラダラと今までのような暮らしを続けている。
金が尽きたため、ソウちゃんにお小遣いを貰っている状態だ。
「生活資金なのですから、遠慮せずお使いになってください」
甘えながらも『犬のヒモ』みたいな今の自分を情けないと思えるだけのプライドはあった。
『プライドじゃ食ってけない』
とは言え、もう身体を売ることは考えられなかった。

ソウちゃんの正体である『化生』の関係者は、思ったより多かった。
今暮らしているマンション自体、オーナーは化生であるらしい。
マンションを管理している不動産屋のゲンちゃんとは顔見知りになって、今では親しく口をきいていた。
ゲンちゃんはお堅い職業なのに気さくで朗らかだし、俺みたいな人間のことをバカにしたような目で見ないのがありがたかった。

「飼い主が出来るとファミリータイプの部屋に引っ越せるけど、どうする?」
ソウちゃんを正式に飼い始めてすぐに、ゲンちゃんからそんな相談を受けた。
この部屋はワンルームだけど広めだしソウちゃんは荷物が少ないから、今のところ不便は感じていなかった。
「この部屋でけっこう楽しくやってるから、何だかんだ思い出深い場所なんだよなー
 日中ソウちゃんほとんど居ないんで、俺の城みたいなもんだし」
「つまり、引っ越すのが面倒くさいんだな」
「そゆこと
 あと部屋数多いと、掃除めんどい
 って文句言うほど、きっちり掃除なんてしてないけどね」
俺とゲンちゃんは顔を見合わせて笑いあった。
「荷物増えてからだと引っ越しは更に面倒くさくなると思うんだが…
 まあ、思い出があるんなら良いやな
 手狭だと感じたら、連絡くれや」
住む場所の問題は、こうしてあっさり片付いてくれた。


定住できる場所が決まると、祖父母に連絡先を教えた方が良いのか悩んでしまう。
親代わりに俺を育ててくれたのに家出同然で飛び出してきたんで、顔を見せに行くのは気が重いことであった。
『爺ちゃん真面目な人だから、男と同棲してるなんて知ったら卒倒するかも』
うやむやにしてしまいたい気持ちもあったが、俺はソウちゃんの記憶を見ているのだ。
ソウちゃんも爺ちゃんに会いたいのではないか、俺はそんな風に感じていた。
悩んだ末、俺はソウちゃんの仕事が休みの日に、一緒に家に帰ってみることにする。
事前にそれを説明してしまうと俺にとってもプレッシャーになるので、ダマでソウちゃんを連れ出した。
少しでも真面目に見えるようにとスーツを着せて行ったせいか、爺ちゃんはソウちゃんを警察関係者と勘違いしてしまった。
俺を庇おうと土下座する爺ちゃんに、目頭が熱くなってしまう。
俺がこの家を出た数年の間で、爺ちゃんはすっかり年を取ってしまっていた。

ソウちゃんは生前の飼い主である爺ちゃんとの再会を、とても喜んでくれた。
爺ちゃんも婆ちゃんもソウちゃんのことを気に入ってくれて、俺と一緒に暮らしていると言っても『身元引受人』みたいなもんだと思ったようだ。
俺達の関係を変な風に勘ぐられなくて、ホッとする。
ソウちゃんのこと『美人局(つつもたせ)』みたいな人だと思われたらどうしようという心配は、杞憂(きゆう)に終わった。
そして俺よりも元の飼い主である爺ちゃんの方にソウちゃんが心引かれたら、と言う心配もなくなり、マンションへの帰り道、俺はとても清々しい気持ちになっていた。

「ソウちゃんといると、ちょっとずつでも前に進めるよ
 何かそーゆーの、気持ちいいな」
俺は部屋に戻るとソウちゃんに抱きついた。
俺を包み込んでくれる彼の逞しい腕に抱かれると、心が安らいでいく。
「ウラのお役に立てることが喜びです
 どうぞ、何なりとご命令ください」
頼もしい言葉を聞きながらも
『でも、あればっかりは自分でやらないとダメだよな』
俺はその事を考えて暗鬱な気分になってしまう。
日野と約束していたのに未だに実行できていない『ヤバいデータの消去』が、次なる問題として俺の前に立ちはだかっていた。

「俺がソウちゃん以外の奴に抱かれても、俺のこと嫌いにならない?」
流石に、身体をエサにしないとあいつを油断させられそうになかった。
しかしソウちゃんは俺の言葉を聞いても、何だかピンとこない顔をしている。
『そっか、犬だからそのへん感覚ズレてんだ』
きっとソウちゃんにとっては俺があいつに抱かれるより、俺が黒谷の頭でも撫でる方が大問題だろう。
何をしてもソウちゃんなら俺の味方でいてくれる、そう思うだけで勇気がわいてきた。

「何でもない、シャワー浴びてエッチしよ」
そう誘うと
「はい」
彼は優しい瞳で俺を見てくれる。
俺達はいつものように甘い夜を過ごすのであった。
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