しっぽや1(ワン)

□分からないのに惹かれる7
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side<OOASOU>

ウラに番犬として飼っていただいてから数日、正体を明かしていない不安は緩やかに心に降り積もっていた。


いつものように夕飯を食べたの後、自分とウラはテレビを眺めていた。
いや、今回に限っては『見入っていた』と言っても良いだろう。
それは警察犬を目指し訓練するものの、試験に落ち続けている犬の特集番組であった。
自分はそれを見ながら、まだ警察犬だった頃のことを思い出していた。
懐かしさのあまり、つい、試験の事をウラに話してしまう。
ウラも自然に自分の話に答えてくれた。
違和感を感じさせない会話が、逆に自分の中に違和感をもたらした。

警察犬には警察が所有している『直轄警察犬』と、道府県の警察本部が実施している嘱託犬審査会に合格した『嘱託警察犬』がある。
自分が現役であった時代は、嘱託警察犬はあまり一般には馴染みが無かったように思われた。
あのお方は、よく警察官だと誤解されていたのだ。
今は、このような番組のおかげで嘱託警察犬の知識が広まっているのであろうか。
ウラは当たり前のことのように『嘱託警察犬』の事を言っていた。

しかしウラは「爺ちゃんが言っていた」と口にしている。
それは、身近に嘱託警察犬訓練士がいた事を意味していた。
過去を語らないウラの秘密を盗み見てしまったような居心地の悪さを感じてしまう。
ウラは自分が公認訓練士の資格を持っている人間であると思っている。
そんな彼に自分の過去を黙っているのは、既に限界に達していた。

「自分は警察犬でした」
ついに自分は過去を告白してしまう。
犬としてウラの側に居たいばかりに『番犬として飼って欲しい』と、当たり障りのない関係を頼んでしまった自分の浅ましさが嫌になっていた。
きっとウラは、嘘を付かれていたことに腹を立てるだろう。
怒って呆れて、自分の元から去ってしまうに違いない。
飼い主を失う喪失感で、テーブルに置いている拳が情けなく震えてしまった。
その拳にウラがそっと手を添えて、優しく唇を合わせてくれた。
「番犬でも警察犬でも、ソウちゃんはソウちゃんだよ」
ウラは信じられないようなことを口にし、再びキスをしてくれる。
拒絶されなかった驚愕に気が緩んでしまったとしか思えない。
それとも、本当はずっと伝えたかったのだろうか。
額にウラの額が触れた瞬間、自分は過去の転写をしてしまった。

激しく動揺しながらも、自分は記憶の中のあのお方の姿を消すことが出来ず、ウラと共に暫し時間を遡ってしまうのであった。




過去から現在に意識が戻ってくる。
自分の過去世を共に旅してきたウラの顔には、驚愕だけがあった。
目を見開いて自分を見つめている。
恐怖や蔑(さげす)みの視線でないだけマシではあったが、今度こそ自分達の関係が破綻してしまったことは間違いないだろう。
泣き出してしまいたかった。
けれども、ウラの許可無く泣くことは許されない。
己が化け物であることを告げた自分の前には、底知れぬ絶望しかなかった。

「俺の名前『山口 浦』って言うんだ
 ソウちゃん、爺ちゃんのこと知ってたんだね…」
絶望しかあり得ないと思っていた自分には、ウラの言葉が何を意味しているのか気付くのに時間がかかってしまった。
「山…口…?」
それは、あのお方と共に思い出される懐かしい言葉。
あのお方亡き後自分を引き取ってくださった『ヤマさん』がその名で呼ばれていた。

『山口』と言う名字、嘱託警察犬訓練士であったと言うウラの『爺ちゃん』
この2つが意味するものは…
「ヤマさんの、お孫さん…!?」
ウラは自分の言葉に頷いて、名前の秘密を教えてくれた。
ウラの中にあのお方の名前が生きている、その事実は自分の胸を激しく震わせた。
ウラの身体を抱きしめながら、今、自分の腕の中には2人の飼い主が同時に存在してくれているのだと奇跡の煌めきを感じていた。

ウラは自分の髪を優しく撫でながら、泣くことを許可してくださった。
その言葉で、自分は胸の内の感情を涙と共に解放する。
あのお方を失った悲しみと、ウラに拒絶されなかった喜びを同時に涙する事が出来たのだ。

正体を明かした後も、ウラは自分を飼うと言ってくれた。
「ソウちゃん、俺のこと知ってて飼って欲しいって思ったの?
 『ヤマさん』の孫だって、何か感じてた?」
不思議そうに問いかけてくるウラに、自分は首を振って否定の意を表した。
「何も知りませんでした
 何も分からず、それでもどうしようもなく貴方に惹かれていたのです
 自分達化生は、魂が飼い主を欲(ほっ)すると言われています
 失ったものを補い合える相手を飼い主に選んでいるとも
 いつの時代の誰に惹かれるかは、自分達にもわからないのです」
化生のこの感覚を言葉にするのは難しい。
飼って欲しい相手が居なかった頃には、自分でも理解できなかった気持ちであった。

「ヤマさんは関係ありません
 ウラがウラであるからこそ惹かれたのだと思います」
自分の曖昧な説明に、それでもウラは嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
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