しっぽや1(ワン)

□分からないのに惹かれる5
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side<OOASOU>

ウラを買い、初めて『飼い主と同じ布団で眠る』という幸せな時を過ごした自分は、とても満ち足りた気持ちで朝を迎えられた。
お金でこのような幸せが買えるとは、夢のようであった。
ウラはまだ寝ている。
彼の安らかな寝顔を見ていると、自分の心も安らいでいった。

ウラのために何かしたくてたまらなかった自分は、起きた彼に朝食を作った。
『パンを切らしていて和食にしてみたけれど、お口に合うだろうか
 昨夜コンビニに寄ったとき、買っておけば良かった
 長瀞に色々なアレンジメニューを習っておくべきであったな』
そんな後悔を感じてしまうが、ウラは美味しそうに食べてくれた。

帰り支度を始めるウラを見ると、胸に飼い主と別れなければならない寂しさがわき起こる。
まだ飼っていただいている訳でもないのに、泣きたいような喪失感におそわれた。
ウラが帰る場所に迷っているようなので、まだ彼と別れたくなかった自分はこの部屋を使って欲しいと伝えてみる。
ウラは複雑な表情を見せるものの、すぐに笑って了承してくれた。
ウラは自分の言葉で機嫌が悪くなったり迷ったりする事が多い。
何と言って伝えれば彼に理解してもらえるのか判断がつかず、飼い主の欲するところが分からない己が歯がゆかった。


仕事を終え影森マンションの部屋に戻ると、そこにウラは居てくれた。
飼い主の居る家に帰る喜びに心が震えてしまう。
ウラは合い鍵を受け取り、買い物に出かけたそうだ。
部屋に置いてもらう礼だと、彼は自分にアイスミルクティーを作ってくれた。
紙パックの無糖紅茶とミルクを合わせたものであったが、飼い主が作ってくれた飲み物は体の隅々まで幸せが行き届くような幸福な味がした。
「ソウちゃんの喜び方、大げさすぎ
 んなもん、誰だって作れるって」
ウラは照れたように笑っていたが、それから毎日、自分が帰宅すると同じ物を作ってくれた。
『こんなに幸せで良いのだろうか』
正体を明かし飼ってもらえている訳でもないのに、自分はその問題を先送りにし、ウラと居られる目先の幸せだけを追求していた。
しかし胸の奥では、それは違和感の棘となり居座っているのであった。



ウラは自分のことをあまり語りたがらないせいか、こちらのことについても聞いてこなかった。
しかし当たり障りのない範囲での仕事の報告は、面白そうに聞いてくれた。
「『探偵』って格好いい響きだけど、ペット探偵ってやってること地味だね」
「はい、迷子になったペットを探すのは地道な作業です
 最近は『犬のしつけ教室』などもやっているので、飼い主の方と交流する機会も増えております
 躾(しつけ)を経験している者が主軸でやっておりますが、自分も手伝っています
 彼よりも自分の方がきちんと躾されていましたので」
「何だよ、きちんと躾されてたって」
自分のうっかりした言葉に反応したウラが、面白そうに笑った。
「それって、ソウちゃんは訓練士の資格を取ってたってこと?
 同僚はモグリ?
 モグリの同僚に負けちゃダメじゃん
 てか、ソウちゃんの言葉遣いって独特で面白すぎ」
ケラケラ笑うウラを見て、正体がバレなかったことにホッとしてしまう。

「待てやお座り、と言ったペット向けのしつけなので資格が無くても大丈夫です
 同僚は頭は良くありませんが口が達者なので、犬達を説得しやすいのですよ」
「頭良くないとか言っちゃっていいの?同僚なのに
 もしかして、仲悪い?
 ライバル関係にある探偵って、ハードボイルドっぽいじゃん」
ウラは少し驚いた顔を向けてくる。
「いえ、仲は悪くありません、憎めない奴です
 彼は何というか…底抜けに明るくて前向き、と言ったところですかね
 自分がバカなことを、全く気にしていません
 ムードメーカーであると同時に、ムードをぶち壊す天才なんです
 そう言われると、何なんでしょうねアイツは」
自分は空の脳天気な笑い顔を思い出していた。

「ペット探偵って個性的な人が多いんだね、ソウちゃん含めて
 後は、どんな同僚がいるの?」
「そうですね…、以前はのらりくらりと控え室で寝ていることの多かった同僚が、恋人が出来て張り切りだしました
 恋人のために稼がなければと頑張って仕事をして、美味しい物を食べていただくために料理の研究を始めてます
 付き合いは長いのに、あんなにアクティブな彼を見るのは初めてかもしれません」
ウラは興味深そうに、そんな自分の話を聞いてくれていた。

「控え室で寝れるって、ソウちゃんとこ本当、自由だな」
「依頼が少ないときや雨の時は、けっこう寝ている者が多いんです」
「雨が降ったら仕事しないって、童謡か!」
自分の言った言葉の何がツボだったのかわからないが、ウラが爆笑する。

「ソウちゃんも寝てたりするの?」
笑いすぎて出た涙を拭きながら、ウラが聞いてきた。
「いえ、自分はお茶を飲みながら本を読んだりして待機しています」
「真面目だねー」
彼はそう言って、誉めるように頭を撫でてくれる。
それは自分にとって、何物にも勝るご褒美であった。
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