しっぽや1(ワン)

□分からないのに惹かれる4
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俺に一目惚れしたらしいソウちゃんは、いつまでたっても手を出してこようとはしなかった。
シャワーを浴びた後、場つなぎのようにつけたテレビのくだらないバラエティー番組を見ながら、お互い黙り込んでしまう。
『もしかしてこいつ、体売ってる俺に同情して金をくれようとしてんじゃないだろうか』
そんな自虐的な考えが頭をよぎり酷くバカにされた気分に陥って、俺は無性にイライラしてきた。
イライラに任せソウちゃんを問いつめても彼はただオロオロするばかりで、俺は冷静さを取り戻していった。

『ってことは、マジで俺に惚れちゃったとか
 恋愛関係になればタダでヤらせてもらえるって、セコいこと考えてるとかだと困るんだけど』
しかし彼は、俺と一緒にいるだけで15万払う価値があると言ってくれた。
金を出し惜しんでいる訳ではなさそうである。
そこで俺は日野に言われた言葉を思い出した。
『大麻生はちょっとズレてる』
そうだ、こいつは裏で計算しているのではなく、天然と言うのとも違う、何かが俺とズレているのだ。
それが何であるのかはわからないが、それは俺にとって損になることではなさそうであった。

彼に何をして欲しいか聞いてみると『頭を撫でて欲しい』と答えてきた。
一瞬、特殊プレイの類かと思ったが、俺のその考えも彼の感覚からはズレているのだろう。
ここは素直に撫でてやろうと彼の頭に手を置いて驚いた。
見かけよりもずっと柔らかい髪で、撫でていると大型犬に触れている気分になってきた。
俺は思わず以前飼っていた犬にそうしていたように、乱暴に彼の髪をかき回してしまった。
ソウちゃんの整えられていた髪型をグチャグチャにしてしまったところで我に返り『しまった』と焦ったが、彼は俺に撫でられながら泣いていた。
その顔があまりに切なくて、俺はそのまま彼の頭を胸に抱いてもう少しだけ撫で続ける。

『俺、大きくなったら爺ちゃんみたいになる!
 悪い奴を捕まえる警察犬を訓練するんだ!』

ソウちゃんの髪の感触がまだ青臭かった頃の将来の夢なんてものを思い出させ、俺も少し涙が出てしまった。

それから『自分は床で寝るから、ベッドを使ってくれ』と言うソウちゃんを押し切って、2人で一緒にベッドで眠る。
案の定、ソウちゃんは俺に手を出してはこなかった。
おかげで俺は久しぶりに熟睡し、子供の頃の懐かしい夢を見ることが出来たのであった。


熟睡しすぎて、目が覚めたのは日が高く上ってからだった。
「ごめん、朝から仕事なんだろ?
 起こしてくれれば良かったのに」
ソウちゃんは俺と一緒にベッドの中にいた。
「今日は遅くからの出勤でかまわない、と黒谷に言われているので大丈夫です
 朝食を召し上がってから帰られますか?
 簡単なものでよろしければ、自分が作ります」
誉めてもらえるのを待つ犬のような顔で言ってくるので
「あ、うん、食べてこうかな」
俺はつい頷いてしまった。

旅館の朝食のような典型的な和食を食べながら
「ソウちゃん、上司のこと名前で呼んでんの?
 優遇してもらってるみたいだし、仲良いんだ」
昨日見た猟犬みたいな人物の顔を思い出していた。
『そういえばあいつも、日野に対して従順な犬みたいだったな
 ペット探偵ってよくわかんねーけど、何か特殊な集団っぽい』
俺は何となく考え込んでしまう。
「黒谷とは古い付き合いですからね
 自分だけが特に優遇されているわけではなく、彼は所員の誰に対しても誠意ある対応をしてくれます」
「俺、会社勤めってしたことないけどさ
 上司に恵まれるって良いことだよな、爺ちゃんが言ってた」
ソウちゃんを見ていると、何故か爺ちゃんのことを思い出して感傷的な気持ちになってしまう。

「さてと、んじゃ俺、そろそろ行くわ
 っても、どこに帰るかな」
自分が着てきた服に着替えて、俺は今後のことを考える。
何だか新たな客を取る気にも、あいつのマンションに行く気にもならなかったのだ。
『今回一晩で33万稼げたし、少しマン喫でダラダラ生活しよっかな』
贅沢できなくても良いか、と思っている最中
「また、ウラを買うことが許されるでしょうか」
真面目な顔をしてソウちゃんが聞いてくる。
「楽して稼げるから、大歓迎だぜ」
俺はそう答えるものの、彼と居ると子供の頃の自分を裏切っているような罪悪感を感じていた。

「どこに行けば、ウラと会えるのでしょう」
ソウちゃんに聞かれ
「ここに連絡くれれば良いよ、番号交換しとこう」
俺はスマホを取り出した。
しかし彼は戸惑いながら
「支給されてはいるのですが、使い方が分からなくて
 通話と暗証番号のメールを見ることだけは、何とか覚えましたが…」
電源すら入れていないスマホ(お年寄り用)をオズオズと見せてきた。
『ソウちゃん、安定のズレっぷり!』
感傷的な気分が一気に吹っ飛ぶほど、俺は爆笑してしまう。
何も考えずに笑えたのは久しぶりで、彼と知り合えたことも満更ではないなと思い直すのであった。
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