しっぽや1(ワン)

□分からないのに惹かれる4
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side<URA>

何だか、奇妙なことになっちまったな。

それが今、自分が身を置いている状況に対する素直な感想であった。
俺は今、ペット探偵をしている『大麻生』(通称ソウちゃん)という奴の部屋で同棲生活をおくっていた。

ソウちゃんと知り合う切っ掛けは日野と出会った事であり、日野と出会った切っ掛けは…
俺のくだらない人生に関係していた。


俺はいわゆる『問題のある家庭』の子供であった。
酔うと乱暴になる父親、そんな父親に嫌気がさして外に男を作った母親。
長い親権争いの末に両親は離婚する。
闘争中の俺の生活は、メチャクチャだった。
父親が親権を取りやっと生活が安定するかと思いきや、父親は仕事に忙殺されて俺を育てきれず、結局祖父母の元で暮らすことになったのだ。
爺ちゃんは厳しい人だったけど、俺のことを可愛がってくれた。
精神的に不安定だったためかよく熱を出して寝込む俺を、婆ちゃんは優しく看病してくれた。

父親が働いてくれていたので俺は普通に学校に通うことも出来たし、同じような境遇の子供の中では特に不幸ということもなかっただろう。
しかし俺の周りには、同じように『親に見捨てられた』子供などいなかったのだ。

両親が揃ってる奴ばかりが居る場所。
いつしか俺は、学校には自分の居場所がないと感じるようになっていった。
次第にろくでもない奴らとツルむようになり、高校を卒業すると家を出て友達の家を泊まり歩きながらフラフラする生活を送るようになる。
手っ取り早く金を手にするため本格的に体を売ることを覚えた頃、俺はあいつに出会ったのだ。

あいつは俺より一つ年下で、大学に通いながら親に金を出してもらってマンションで一人暮らしをしているというお坊ちゃんのくせに、いっぱしの口をきくいけ好かない奴であった。
しかし金払いは良いので、俺はあいつのマンションを定宿にしていた。
あいつに自慢のコレクション写真を見せられたときは、心底軽蔑したもんだ。
そのスマホの中には、自分が今まで寝てきた者の写真がけっこうな枚数入っていたのだ。

高校時代の後輩だと言っていたが、どう見ても中学生くらいの者も混じっている。
あいつのお気に入りだったのか、その子の写真が群を抜いて多かった。
『これ、犯罪じゃねーの?』
写真の中のその子はいつも泣きそうな顔をしており、流石に可哀想に感じてしまう。
俺は焼き餅を焼くフリをして、奴のスマホからその子の番号を消去させ、着拒させた。


そんなことを忘れかけていたあの日、俺はたまたま立ち寄った駅で彼に遭遇したのだ。
『どこかで見たことのある顔だ』
そう思うものの、どこで見た顔なのか暫くわからなかった。
その制服を見て、やっと俺はあの写真の顔と一致することに気が付いた。
『マジで高校の後輩だったんだ』
写真の中で見た泣きそうな悲しそうな顔ではなく、生気にあふれ幸せそうな顔で歩いている。

その顔を見て、写真の中のあの表情は演技だったのではないかという疑問がわいてきた。
『俺と同じで、相手に合わせてただけか』
それは、俺をひどくイライラさせる顔であった。
きっと既に、あいつの代わりに他の男を手に入れているのだろう。
その余裕に思えたのだ。
強引に声をかけあいつに写真を撮られていた事を伝えると、真っ青になって焦った顔を見せる。
『新しい男に知られたくないもんな』
俺は日野と名乗ったガキから金を毟(むし)ることに決めた。


搾り取れるだけ搾り取ろうと思っていたのに、日野はボディーガードを連れて取引の場に現れた。
『学校の先輩』なんかよりずっと頼りになるパトロンを手に入れていたようだ。
『まさか、こんなにしたたかな奴だったとは
 流石にヤクザ者に目を付けられるのは厄介だな、最初にもっとふっかけときゃ良かった』
俺は自分の甘さを呪うしかなかった。
無事に金を手に入れたし日野と関わるのはこれっきりにしておこうと思っていたが、どうにも話が妙な方向に流れていき、俺は日野のボディガードに買われることとなったのだ。


オオアソウと呼ばれていたそのボディガードは変な奴で、何故か俺の命令に従った。
大柄で強面のくせに、やけに切ない瞳で俺のことを見つめてくる。
その瞳は子供の頃に接していたジャーマンシェパードを彷彿とさせてどうにもペースを狂わされたし、かなり好きなタイプの顔ではあった。
おかげで得体が知れないと思いつつも、そいつの部屋に行くことにしてしまったのだ。
『変な成り行きになったら、逃げりゃいいか』
俺はそう自分に言い聞かせ、彼の部屋に赴いた。

オオアソウと言う名は呼びにくいため『ソウちゃん』と呼ぶと、彼は嬉しそうな顔をした。
あだ名を付けただけで喜ばれる、それは彼が歩んできたであろう生真面目な人生を伺わせた。
『真面目な奴に入れ込まれると、後が厄介なんだよな』
そう思って牽制すると今度は捨てられた犬のような顔をするから、何だか罪悪感を覚えてしまう。

ソウちゃんとの商談は、いつも相手にしている客との取引のようにはいかなかった。
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