しっぽや1(ワン)

□分からないのに惹かれる2
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side<HINO>

「ちくしょう!何で今頃あいつの関係者が出てくるんだよ!」
俺はやり場のない怒りに体を震わせていた。
婆ちゃんや母さんを起こしたくないけど、感情が高ぶりすぎて俺は思わずベッドの枕に拳を叩きつけていた。
「ちくしょう…」
悔しくて、涙が出てくる。
『幸せなときは長く続かない』
そんな感覚を久し振りに味わう羽目になっていたのだ。


ことの発端は数時間前、予備校が終わり帰路についていた時だった。
ラッシュに区切りがついた人のまばらな駅で、俺達は偶然出会ってしまった。
「あー、新地(しんち)高の制服着てる
 へー、お前、マジ高校生だったんだ」
少し大きめな声が後ろから聞こえたが、それが自分を指しているとは思わず俺はそのまま歩き続けていた。
「えっと、何だっけ?キノとか、ヒノとかって名前じゃなかったっけ?
 それって名字?」
さすがにそこまで言われると自分の事なのかと思い、振り返る。
振り返った先には、『煌びやかなチャラ男』としか言いようのない青年がいた。
肩下まで延ばしている髪は金色に染められ、何カ所かヘアピンで留められている。
耳にはピアス、わざと着崩して見せつけている喉元のチョーカーには金髪に映える青い石が付いていた。
自分を引き立てる術(すべ)を知っているカジュアルな服装にはスキがない。
とても整った顔立ちで本人もそれを意識しているのがありありと感じられたが、猫の化生を見慣れている俺には驚くほどの美形、とは思われなかった。

「何?お兄さんホスト?俺、紹介できるような知り合い居ないんだけど」
俺は冷たく言い放つと、再び歩き始めた。
彼は俺と並ぶように歩き出しながら
「まあ、ホスト、でも良いんだけどさ
 どっちかっつーと、お前と同じかな」
あざけりを含んだ声で話しかけてくる。
『まさか、化生の飼い主?』
思わず驚きの視線を彼に送ってしまった。
立ち止まった俺の耳元に唇を寄せ
「男娼」
彼はニヤニヤ笑いながらそう囁いた。
「ウリやってんだろ、お前」
その言葉に和銅だった過去世の記憶が蘇って、俺の頭に血が上ってしまった。

「んなもん、やってねーよ!テメー、フザケたこと言ってんじゃねーぞ!」
怒りすぎて目の前が暗くなる。
俺の怒りに怯んだ様子もなく彼は再び俺の耳に唇を近づけると
「…………」
ある人物の名を囁いた。
それを聞いたとたん、上っていた血が一気に引くのを感じた。
それは、俺をレイプした先輩の名前であった。

「やっとわかった?ちょっとお話ししようよ」
彼は俺の肩を抱くと駅構内の隅に誘導する。
俺は大人しく従うしかなかった。
「うーん、どっから話そうかな
 取りあえず俺のことは『ウラ』って呼んで良いぜ
 で、そっちは?キノ?ヒノ?」
「日野、名前だよ」
俺は覚悟を決めて、そう名乗る。
「そう、日野ちゃんね、こんなとこで会えるとは思ってなかったよ
 ストーキングとかしてた訳じゃないから、その辺は安心して」
ウラは整った顔で胡散臭い笑顔を向けてきた。

「今のあいつの『男』俺なんだよねー
 だから、スマホからお前の連絡先とか消去させて、着拒もさせた」
ふふんと勝ち誇ったように言うウラの言葉は、俺の胸に何も響いてこなかった。
むしろ、俺の連絡先を消去させてくれたことに礼を言いたい気分だ。
「そう、それはお幸せに」
俺は冷たく言い放つ。
確かに先輩は外見含め外面がよく家も裕福で、それなりに人気のある人だった。
でもあんな奴に入れ込むなんて、このウラって人はお目出度い奴だとしか思えなかった。

ウラは暫く俺の反応を伺ってたが
「ふうん、やっぱ、無理矢理相手させられてたんだ
 写真に写ってるお前の顔、いつも泣きそうだったもんな
 おかげで高校生ってのはあいつのフカシで、チューボーだと思ってたぜ」
シラケたようにそう言った。
「写…真…?」
ウラの言葉で、俺の胸に急速に不安が広がっていく。
「あれ、やっぱ撮られてたの気付いてなかった?
 お前、あいつとヤってるときの写真、スマホで撮られてるぜ
 顔までバッチリ写ってるから、俺、さっきお前に気付けたんだ
 今んとこ、拡散とかする気はなさそうだけど
 あいつの獲物コレクション的なもんじゃねーかな」
あまりの衝撃に俺は立っていられなくなり、その場にしゃがみ込んでしまった。

確かに先輩が『メールチェックしてる』と言って最中にスマホをいじっていた記憶があるが、早くことが終わって欲しかった俺にはそれを深く考える余裕がなかったのだ。
自分の迂闊さに、深い自己嫌悪に陥った。

「データ、消してやろっか?」
ウラが口角を上げワザトらしい笑顔を浮かべて、しゃがみ込む俺に視線を合わせてきた。
「出来るのか?」
俺は思わずすがりつくような視線でウラを見てしまう。

「地獄の沙汰も金次第って奴さ」
ウラは煌びやかな黒い笑顔で笑った。
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