しっぽや1(ワン)

□夏の最後の夜〈夏の花2〉
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side<ARAKI>

『夏休みもそろそろ終わりか…』
海に行く、と言う夏の最後のイベントが終わり、俺は少し憂鬱な気分になっていた。
2学期とともに『大学受験』が近づいてくるからだ。
『白久には格好いいこと言っちゃってるけど、俺、本当に大学行けるのかな
 模試の結果も絶望的に悪くないけど、良くもないって感じだったし』
永遠に夏休みが続けば良いのに、なんて子供じみた事を考えてしまう。
『って、受験生の状態で夏休みが続いたらそれはそれでイヤだ…』
バカなこと考えてないで勉強しようと机に向かったタイミングで、ゲンさんからメールが届いた。

『こんな時間に何だろう?緊急事態でも起こったとか?』
今は23時を過ぎている。
ゲンさんからのメールは午前中が多いので、俺はドキリとしてしまう。
しかし中身を読むと、それは嬉しい知らせであった。
タケぽん発案で、影森マンションで小規模ではあるが花火大会を行うらしいのだ。
『花火!』
その夏っぽい言葉に、鬱々としていた俺の気分が一気に晴れてテンションが高くなった。
30日の夜に開催だから、夏休み最後に白久の部屋に泊まりに行くイベントとしても最高であった。
『花火やるなんて、何年ぶりだろ
 「花火は飼い主が用意すること」ってなってるし、白久、花火なんてやったことないよね
 白久の初花火、どんなの用意してあげよう』
最後に花火をしたのは小5か小6の頃だったので、最近の花火事情がわからない。
日野に相談しようと思ったら、向こうから一緒に花火を買いに行かないかと誘いのメールが届いた。
もちろん俺は速攻OKの返事をするのであった。


予備校に行った後、日野と待ち合わせてホームセンターに向かった。
カズハさんも一緒だ。
「空、花火は見たことあるんだけど、話を聞くと打ち上げ花火のことみたいなんですよ
 音が怖くて、好きじゃなかったとか
 空の前の飼い主ってバブリーな人だったから、犬連れで花火大会巡ってたみたい
 ゲンさんの受け売りだから『バブリー』ってどれくらい景気が良かったのかイメージわかないけど、花火も今より派手に打ち上げてたんですって
 空に手で持てる花火があるって言ったら、ビックリしてました」
カズハさんの説明に、俺と日野の方が驚いてしまう。
「ハスキー連れて花火大会って、豪勢ですね
 白久に聞いたら、やっぱり手持ち花火はやったことないって言ってました
 打ち上げ花火は秩父先生に連れてってもらって見たことあるらしいけど、音がね…」
「黒谷も音が怖くて花火見るどころじゃなかったって、言ってたです
 てか、あんなに頼りになって格好良いのに雷とか花火怖いって、黒谷ってマジ可愛すぎる」
日野が頬を染めてうっとりと呟いた。
「白久は俺のおかげで昔よりマシになったって言ってたけど、雷鳴ってると身体が緊張してるのがわかるんだよね
 そこが可愛いんだ」
俺も対抗するように言ってしまう。
「わかります、空も平気な顔してても身体に変に力が入ってるしソワソワしてるから」
犬の化生飼いが集まると犬バカ話になってしまうが、それが俺には楽しかった。

「彼らの初めての手持ち花火、楽しい思い出にしてあげたいよね」
カズハさんがにっこり笑ったので、俺と日野も笑って
「はい!」
と頷いた。
「2人はどんな花火を用意するか決めてあるの?
 僕、花火なんて10年くらい前にやったのが最後だから、今のってよくわからないんだ」
首を傾げるカズハさんに、俺と日野も曖昧な顔をするしかなかった。
「いや、実は俺達もけっこー久し振りなんです」
「そんなに激しく変わってないと思うし、オーソドックスな詰め合わせをチョイスしようかと
 タケぽんは線香花火だけにするって言ってたっけ」
俺達はそんな話をしながら、お店の花火売場に着いた。

「花火出来る時間は1時間だから、あんまり大量に買ってもしょうがないか
 余っても次にやるのは来年だろうし」
「来年じゃシケって使えそうにないもんなー」
「詰め合わせが2袋くらいあれば、十分そうですね
 火の色とか特にこだわりはないし、これにしてみようかな」
カズハさんが手に取った袋には色んな花火が20本くらい入っていた。
「俺はもう少し大きいセットにしよっと
 やっぱ、やるからにはそれなりに楽しみたいし」
日野が選んだ物は30本以上入っていそうだ。
少し迷ったが俺も日野と同じものを2袋買う事に決めた。
会計を済ませ店の外に出ると、明るいけど夕方らしく日差しが和らいでいた。
俺達は店の側の自販機でジュースを飲んで帰ることにする。

「友達と買い物するって、楽しいな
 あ、ごめんね、僕の方が年上なのに『友達』だなんて」
アワアワするカズハさんに
「化生の『飼い主友達』ですよ」
「『仲間』って感じの方が強いけどね」
俺と日野は笑って答えた。

俺達にとっても学校の中だけではなく、世界が広がっていくのは楽しかった。
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