しっぽや1(ワン)

□波の音が聞こえる
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海に着くと荷物を持って、海の家なる場所に移動する。
簡易的な建物ではあったが、畳敷きでテーブルもあった。
長瀞とゲン様が荷物を見ていてくれるので、私達はパーカーを脱いで海に向かうことにした。

「荒木の海パン、明るい色で良いなー
 俺の、写真だともっとオレンジに見えたんだよ
 夏っぽいと思ったのに、これ、朱色って感じじゃね?」
「えー、俺のは明るすぎて子供っぽく見えるよ
 写真だともっと落ち着いた色で、白久と並ぶとしっくりくると思ったのに」
荒木と日野様がそんなことを言い合っていた。
「でも、白久のはイメージ通りだったから良いや
 ゲンさんに言われた『可愛い』ってのもクリアしてるしさ
 超似合う」
「黒谷のは、渋みを追求したから可愛くなくて良いの
 大人の色気ってやつが漂ってると思わねー?」
「何言ってるんすか、1番可愛いのはひろせでしょ
 赤って、どの毛色にも鉄板なんだから!」
飼い主達に誉められて、私達もテンションが上がっていった。

その後、私達は飼い主と共に別行動に移っていった。
海は川とは違い独特の匂いがするし、風に塩気が混じっていて空気が重い気がした。
「これが、海ですか」
川との違いに戸惑う私に、荒木は海での楽しみ方を教えてくれる。
何度も押し寄せては引いていく波の感覚が面白く、私達は暫く波打ち際で佇んでいた。

ザ…ン……ザザ…ン

しかし、どのような力が働き、波が繰り返しやってくるのかサッパリわからない。
「川の水は下流に向かって流れていくので、単純なんですけどね」
海の少し深いところに入っていっても、同じように波が押し寄せては引いていく感触が味わえた。
荒木に教えられ海水を手で掬うと、小さな生物がとれるのも興味深かった。
「海、気に入った?」
荒木が笑顔で問いかけてくれる。
「はい、不思議な場所です」
私が素直に頷くと
「いつか、もっときれいな海に行ってみたいね
 でも化生はパスポート取れないから、海外は無理か
 よし!俺がしっぽやに就職したら、夏休みに沖縄に行こう!」
「楽しみです」
荒木との未来の約束、それはとても幸せな約束であった。

「白久って、泳げる?少し泳いでみる?」
荒木に言われ、私は水の中を泳いで進む。
これも川の水とは違い、波の抵抗で思うようにいかなかった。
足場がいきなり深くなるのも、ドキリとさせられた。
私は直ぐに荒木の元に戻る。
荒木の方が背が低いので、足場の高低差が不安に感じられたのだ。
「荒木、泳ぐ際はお気を付けください」
私が真剣な顔で言うと
「俺、泳ぎ上手くないから海で無茶はしないよ
 泳ぐならプールの方が安全だしね」
荒木の言葉に、私は安堵する。
「泳いでる白久、可愛かった
 やっぱ、犬掻きなんだ」
「人の泳ぎ方を勉強したことがないので」
苦笑する私の頭を、荒木は優しく撫でてくれた。

その後、皆でビーチボールを何回落とさずにトスできるかにチャレンジする。
ボールを追いかける行為は獲物を追いかける行為にも似ていて、私と黒谷は張り切ってしまった。
飼い主との楽しい遊び、その後の美味しいお昼ご飯、私は海で過ごす時間がすっかり気に入っていた。


午後になると波が高くなってきて泳ぐのは危険に感じられ、荒木と波打ち際を歩きながら波の感触を楽しんでいた。
「あ、岩月さん達だ
 何だろう、下向きながら歩いてるね
 何か落としたのかな」
黒い浮き輪を持った岩月様とジョンが砂浜を歩いているのに、荒木が気が付いた。
「何か、落とし物でもしましたか?」
荒木が小走りで2人に近寄って行くので、私もお供する。

「荒木君と白久か
 いや、大きめな貝殻でも落ちてないかなって思ってさ
 探してみてたんだ」
「巻き貝が良いんだけどさー、やっぱオーソドックスな海水浴場じゃ無理だな」
2人は顔を上げて苦笑してみせた。
「巻き貝?」
荒木が興味をそそられた顔を見せる。
「今の子もやるのかな
 貝殻に耳を近づけると、波みたいな音が聞こえるんだ
 まあ、耳の内にこもった血の流れる音が聞こえるだけなんだけどさ
 若い頃はロマンがあるな、と思っててね」
岩月様は照れくさそうに頭をかいた。
「そーゆーのはさ、2枚貝より巻き貝の方が耳に当てるときそれらしいんだよ
 ツメタガイくらいなら、落ちてるかと思ったんだけどな−」
ジョンが肩を竦めた。

「そうだ、浮き輪使う?波が高くなってるけど、浮き輪があればもうちょっと海に入ってられるだろ」
岩月様とジョンに浮き輪を渡された私と荒木は顔を見合わせる。
「もうちょっとだけ海に入ろうか
 泳ぐってより浸かるって感じになっちゃけど」
悪戯っぽい顔の荒木に促され、私達は浮き輪を抱えて海の中で暫し波の感触を楽しむのであった。
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