しっぽや1(ワン)

□白久奮闘記
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デザートの桃を食べながら
「ひろせのように、冷たいスイーツも作っておけば良かったですね
 彼は最近、アイスも手作りしているそうです
 ゼリーくらいなら私にも作れたのに」
私はそう気が付いて、歯がゆい思いを感じてしまった。
「でも、この桃だって美味しいよ
 俺のために美味しそうな熟れたの、選んでくれたんだよね
 リンゴ狩りの時みたいにさ」
荒木は桃を見ながら嬉しそうな顔をする。
荒木の暖かな笑顔を見るたびに
『彼が飼い主で良かった、彼を選んで、彼に選んでいただけて良かった』
私は泣きたいほどの幸福感に包まれた。

食後、勉強を始めた荒木の邪魔をしないよう、私は長瀞に借りた料理雑誌を読み始める。
肉料理特集であったが、掲載されている写真を見ていて
『そうか、桃だけではなく、桃にヨーグルトをかければカルシウムもとっていただけたのか
 荒木はカルシウムを摂取したいようだし
 背が伸びるようなメニューを色々考えなければ』
私はそう心に刻み込んだ。
荒木に何を食べていただこうかとメニューを考えるのは、とても楽しい行為であった。
ゲン様が健康に過ごせるようにと研究している長瀞の気持ちが、身近に感じられた。

「よし、今日のノルマ終わり!」
3時間ほどで、荒木が問題集から顔を上げた。
雑誌を読みながらレシピをメモしていた私も顔を上げる。
玄関先に飼い主が姿を現した飼い犬のような、嬉しさに満ちあふれた気持ちになっていた。
「親父に「ちゃんと勉強するから」って連泊許してもらったんで、さすがにこれはやっとかないとね」
荒木はヘヘッと笑って問題集を持ち上げる。
「でも、こないだ白久が家に来てくれたおかげで、親父の態度が軟化してるんだ
 今回も割とスムーズに許してくれたし『あんまり彼を待たせないよう早めに出勤しなさい』とか言われちゃった」
荒木は小首を傾げ
「待たせちゃった?」
そう言って艶やかな表情を見せた。
「待てとお預けが出来なければ、立派な飼い犬ではありません」
私が真面目に答えると
「よし」
荒木はキスをしてくれる。
私達は深い口付けを交わしあった。

「シャワー浴びて、しよっか」
「はい」
直ぐにでも繋がり合いたい欲望を抑え、私達はシャワーで昼間の汗を流す。
「またすぐ、汗かいちゃうけどね」
シャワーに打たれて悪戯っぽく笑う荒木にキスを繰り返し
「それならば、最初はここでいたしましょうか」
私は荒木自身に手を添え、優しく刺激した。
たちまち荒木の体が夏の暑さとは違う熱を帯びる。
彼は可愛らしく私にすがりつくと
「白久、今すぐ、して」
そう命令した。
「かしこまりました」
命令されるまでもなく、私も荒木と繋がりたくてたまらなくなっていた。
私達はシャワールームとベッドで想いを確かめ合う。

翌日は一緒にしっぽやに出勤できるのが嬉しくて、私達は幸せのうちに眠りにつくのであった。



黒谷の居ないしっぽや2日目

腕の中に荒木がいる状態で目覚めた私の心は、朝から軽かった。
昨晩の残りもので、ソーメンチャンプルーを作って朝ご飯にする。
そろって事務所に出勤し、事務所の掃除を始めた。
「これが、日常になる未来がくるんだね」
掃除をしながら荒木が嬉しそうに呟いた。
「はい、楽しみで仕方ありません」
「俺も」
顔を見合わせ思わず笑ってしまう。
また、幸せな1日の始まりであった。

「今日も依頼が少ないですねー」
ひろせが、しつけ教室の書類を纏めているタケぽんの隣に腰を下ろす。
「捜索に行っている空が帰ってきたら、そろそろお昼にしましょうか」
私が言うと
「俺、冷蔵庫のパンでトーストサンド作るからここで食べよう
 白久は所長代理だから、事務所に居た方が良いもんね」
荒木が張り切って答えた。
「こう暑いと、外に食べに行くのも億劫だし
 俺達は買い置きのカップ焼きそばにしようかな」
タケぽんも大きく延びをした。
そんなことを話し合っているタイミングで、空が戻ってくる。
「お昼休憩にしましょう」
私は控え室にも声をかけた。

コンコン

ノックと馴染みの気配に、私はドキリとする。
事務所のドアを開けて入ってきたのは、黒谷と日野様だった。
何か問題でも起こったのかと思ったが、2人は差し入れにパンをいっぱい買ってきてくれた。
「ちょうど良いタイミングでしたよ」
私達はありがたく、そのパンでランチをすることにした。

荒木と日野様は何事か話し込んでいる。
日野様はスッキリとした顔になっていて、去年のあの事件の時とは別人のようであった。
「日野と一緒に学校に行って、先生やお友達に挨拶してきたよ
 それで、なんだか日野のお役に立てたようなんだ」
黒谷が誇らかに報告してきた。
「良かったですね」
幸せそうな様子の黒谷にホッとする。
黒谷達はランチの後、細々した雑用を片づけて帰って行った。

その日も特に問題がなく、私と荒木は影森マンションに帰り昨日のような充実した時間を過ごすのであった。
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