しっぽや1(ワン)
□白久奮闘記
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黒谷の居ない3日間が始まった。
日野様と楽しく時を過ごしている黒谷に余計な心配をかけないよう頑張らねば、と私は気合いを入れた。
朝からしっぽやに出勤してくれている荒木も
「日野の分まで頑張るぞ!電話番とか依頼の受付なら俺でも出来るから、手が足りなくなったら白久も捜索に出てね」
私を見て笑いかけてくれる。
「頼りにしています」
荒木の気遣いが嬉しかった。
「タローさんの依頼なら、僕が出ますよ
ラブとかゴールデンもいけるかな?
でも、猫が嫌いな犬だったら難しいかも」
犬好きな猫のひろせもそう言ってくれた。
「黒谷には夏休みを楽しんでもらいたいですからね
休み中に呼び出しをかける、なんて事にならないよう皆で頑張りましょう」
そんな長瀞の言葉に、事務所の化生が頷いた。
黒谷がこの場所でどれだけ皆に慕われているかわかり、私は嬉しくなる。
「今日も暑くなりそうです
無理をせず熱中症に気を付けて、暑さ対策をしながら頑張りましょう」
私の言葉でしっぽやの業務開始となった。
業務開始、とは言っても依頼人も来なければ電話も鳴らない。
猫達は控え室でうたた寝を始めていた。
空は荒木に教わり、パソコンで過去の報告書を閲覧している。
タケぽんはアニマルコミュニケーターが執筆した自伝を読みながら、メモをとっていた。
これも将来捜索に出る所員になるタケぽんの、大事な仕事兼勉強になっているのである。
いつもの、まったりムード漂うしっぽやの光景であった。
「パソコンにデータ入ってると、便利だなー
日付でも呼び出せるから、去年の同じ時期とすぐ比較できるのか
名前で呼び出すと、お得意さんの今までの依頼傾向がわかるし」
空が感心したように画面を眺めている。
「これさ、しつけ教室のも作れる?
クリームとか何度も参加してる奴は覚えてるけど、2、3ヶ月に1回来るかどうかって奴には、どこまで説明したか覚えられなくてさ
多分、飼い主も本人(犬)も、そこんとこ曖昧になってんじゃねーかと思うし
勉強した内容をプリントして渡すと、わかりやすいかなって」
空の提案に
「そっか、確かにその方がわかりやすいかも」
荒木も頷いていた。
「俺一人だと最初は厳しいな、実際の入力は日野が来てからやってみよう
それまでに書類を整理しとくか
今までのしつけ教室の書類ってどれ?」
「この中に入れてあるよ、でも日にち順にしかなってないんだ」
「俺も手伝います、取りあえず日にち別、コース別にクリップで纏めときましょうか」
私が指示しなくても、仕事をこなしてくれる皆が頼もしかった。
結局、その日は夕方に犬の捜索依頼が2件、猫が1件入っただけで、電話はしつけ教室の問い合わせがほとんどであった。
「今日はこの辺で上がりましょうか」
定時となっている時間を迎え、しっぽやの業務を終了する。
買い物をして帰るもの、そのままマンションに向かうもの、三々五々といった感じで皆が帰路に就いていく。
事務所のドアに鍵をかけると、私も荒木と共に影森マンションに帰って行った。
「お疲れさま、って、今日はあんまり依頼来なかったね」
「お盆期間中だからでしょうか」
部屋に着くと、私と荒木は麦茶で一息着いた。
「明日も頑張ろう
こうして仕事しながら白久の部屋に泊まるって、一緒に暮らしてるみたいで楽しいかも」
荒木は私を見て嬉しそうに笑った。
「そう出来る日を、心待ちにしております」
「うん、俺も」
私達は見つめ合い、軽く唇を合わせた。
「では、夕飯を作りましょうか
夏の定番、ゴマだれソーメンです
すぐ茹でますから、ゆっくりしていてください」
立ち上がった私に続くよう荒木も立ち上がり
「俺も、何か手伝うよ
作ってもらうばっかじゃ悪いし、ちょっとでも白久の側にいたいから」
はにかんだ笑顔を私に向けてくれる。
「それでは、冷蔵庫に入っているピーマンと椎茸の肉詰めを温め直してください
今日から荒木が来てくださるので、昨日はりきって作っておいたのです」
「やったー!白久の肉詰め大好き」
瞳を輝かせる荒木はとても可愛らしく、頑張って作って良かったと誇らしい気分になった。
テーブルの上が料理で埋まっていく。
出来合いの蒸し鶏の中華サラダやシシャモフライも並んでいる。
荒木と一緒に食べると、スーパーの総菜でもごちそうに感じられた。
「一緒に住むようになったらさ、俺も夕飯作ったりするよ
日野みたいに色々作れないから、出来合いの物を並べるだけだけど
飼い犬の健康管理、ちゃんと出来るか不安でごめん」
荒木はソーメンを食べながら、申し訳なさそうな上目遣いで私を見ていた。
「私も、長瀞を見習って飼い主の健康管理を頑張ります
2人で補い合っていきましょう
でも、たまには外食も良いですよね」
「うん、ピザとかお寿司も取ろう」
荒木と将来のことを語り合えるのは、とても楽しかった。