しっぽや1(ワン)

□日野の夏休み
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side<HINO>

『あれから、1年経ったのか…』

俺はベッドに腰掛けて、部屋の壁に貼ってあるカレンダーをマジマジと見つめていた。
去年の夏休み、登校日に白久に会って自分の犬だと錯覚し、彼と関係を持ってしまった。
それは白久の亡くなった飼い主が俺に憑依したせいであったのだが、白久の現在の飼い主である荒木を傷つけてしまったことに変わりはない。
もし立場が逆で、荒木が俺の飼い犬の黒谷と関係を持ったら、と考えると嫉妬で気が狂いそうになる。
親友の荒木を沢山泣かせてしまった自分が、不甲斐いない。
絶対許してもらえないと思っていたのに、荒木は未だに俺の親友でいてくれた。
荒木の優しさがありがたかった。

俺が黒谷を飼うことになった8月15日を彼の誕生日に決めたため、しっぽやの仕事は休みをもらっている。
『受験生だって休みは必要だし、黒谷はいつも頑張ってるからさ
 お前達がいない間は、俺と白久が頑張るよ』
荒木はそう言って、13日から15日の3日間を俺と黒谷のお盆休みにしてくれたのだ。
仕事があるとは言え、荒木もお盆の間は白久の部屋に泊まって夏休みを満喫するつもりらしい。

明日から3日間、俺と黒谷にとっての特別な夏休みの始まりであった。



「何をしましょうか」
13日の朝、影森マンションの黒谷の部屋に着くと、彼は満面の笑みで出迎えてくれた。
休みを楽しみにしてはいたが、具体的に何をするか予定は決めていなかったのだ。
「とりあえず、イチャイチャする!」
俺はそう言うと黒谷に抱きついて、彼の胸に顔を埋めた。
黒谷と居ると飼い犬の元に帰れた安堵感で、いつも涙が出そうになる。
俺の中にはまだ、過去世の和銅の気持ちを引きずってしまっている部分があった。
黒谷はなだめるように髪を撫でてくれて、俺を抱きしめたままクッションに座る。
「お体に、変わりはありませんか」
黒谷が優しく問いかけてくれた。
今まで夏になると体調を崩していた俺を労(いたわ)ってくれる。
体調が悪かったのは『お盆』という時期と、終戦直前の戦火が増していた頃の影響だろう。
その時にはもう和銅であった俺は死んでいるのだが、この国には未だにその記憶が生々しく残っているため、体や心の深い部分が反応してしまっていたようだ。

「今年は元気、だって黒谷が守ってくれてるから
 それに、ミイちゃんも」
俺は左の手首にはめている数珠を黒谷に見せた。
「三峰様の気配を纏(まと)っていれば、雑魚は寄ってこれませんからね
 できれば今月中は、身に付けていてください」
「うん、数珠だからちょっとジジムサい気もするけど
 俺も荒木みたいに、ブレス組んでもらおうかな」
俺はヘヘッと笑いながらそう言った。
「ブレスにするなら、タイガーアイとオニキスを入れてもらうと良いですよ
 どちらも邪気や魔を祓うと言われている石ですし、タイガーアイは6月の誕生守護石ですから」
黒谷は穏やかに微笑んでいる。

「よく知ってるね」
俺は少し驚いてしまった。
天然石が好きな婆ちゃんの受け売りで俺もメジャーな石のことは知っているが、犬である黒谷にそんな知識があったとは思わなかったのだ。
「僕が側にいない間、何か代わりに守れるものをと、三峰様に相談したことがあるのですよ
 日野が荒木の誕生日に水晶のブレスをプレゼントしていたので、真似をしてみたかったのもあります」
黒谷は照れくさそうな笑顔をみせた。
「タイガーアイって茶色い石だよね、オニキスは黒
 何かそれって、黒谷みたい」
茶と黒の組み合わせは甲斐犬の虎毛を連想させて、俺はそのブレスがとても欲しくなってくる。
「それでは、三峰様に頼んでおきましょう
 少し先の話ですが、クリスマスプレゼントに贈らせてください」
「ありがと」
黒谷の気遣いが嬉しくて、俺は彼にそっとキスをした。

「黒谷は?誕生日のプレゼント、何が良い?
 何でも買ってあげるよ、って、俺が買える範囲でだけど
 ショッピングモールに一緒に何か買いに行く?
 それとも美味しいものでも食べに行こうか
 ドッグカフェとか行ってみる?あ、でも、この時期は、お盆休みかも」
黒谷は少しモジモジした後
「頭を撫でて、誉めてもらってもよろしいでしょうか」
そんなことを言い出した。
彼の健気なお願いに、俺は胸が熱くなる。
「よしよし、黒谷はいつも頑張ってて偉いね
 格好良くて頼りになって、しっぽやは黒谷がいなかったら回らないよ」
俺は膝立ちになり、座る黒谷の頭を抱き寄せて優しく撫でながら声をかけた。

黒谷はうっとりとした顔で俺に抱かれている。
いつも周りに気を配り頼れる存在として振る舞っている黒谷の、俺にしか見せない甘えた顔に愛しさと飼い主としての誇らしさがわき上がる。
しっぽやの所長の椅子に座っている黒谷しか知らない者がこの顔を見れば、驚くこと間違いなしであった。
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