しっぽや1(ワン)

□荒木の夏休み
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「うわ、柔らかーい!」
カシスも長毛ではあるものの、ミックス猫なのでここまで毛が柔らかくは無かった。
最初は緊張していた様だったけど、頭や顎の下をそっと撫でていくうちに目を細めて気持ちよさそうな顔をしてくれた。
「長毛猫って、こんなに柔らかいんだ
 やっぱ、カシスって半長毛なんだな、ここまで指が毛に埋まらないもん」
俺が鼻ツンをすると、銀次も返してくれる。
「銀次って、懐っこいね
 うちのカシスは内弁慶だから日野が遊びに来るとベッド下直行で、暫く出てこないよ
 もう、何度も会ってるのにさ」
耳の下を掻いてやると、銀次は頭を手にすり付けてきた。

「銀次だって内弁慶なんですよー
 つか、荒木先輩も手つきとか猫プロっぽい」
タケぽんにジットリトした視線を向けられ
「まあな、生まれた時からクロスケがいたし今はカシスがいるから、猫飼い歴18年のプロだぜ」
俺はちょっと得意な気分になる。
「俺は、しるばと銀次、併せても10年いかない…
 この能力を磨いて、俺も猫プロになるぜ」
鼻息も荒いタケぽんの腕を、ひろせがギュッと掴んだ。
それに気が付いたタケぽんが
「でも、俺にとっての1番の猫はひろせだからね」
そう言ってひろせに鼻ツンすると、そっとキスをした。
ひろせはうっとりとした顔をしていたので、機嫌は直ったらしい。
その代わりに、俺に撫でられている銀次の顔が不機嫌になる。
『あ、これ、前に双子が言ってた「当て馬」ってやつだ
 タケぽんに見せつけるために、俺や波久礼に甘えて見せてたんだな』
「猫って、複雑だね」
俺は波久礼にそう囁いた。
「そこがまた、愛しくもあるのですよ」
波久礼は大らかな態度で、脇に侍る双子や羽生を撫でている。
この狼犬がどこに行き着こうとしているのか、もはや本犬にも分からなくなっているんじゃないかと思われた…

「荒木」
空が小さく俺を呼びながら、顎をくいくいと動かしている。
「?」
何だろうと思い空が顎を向けている控え室のドアを見ると、体を半分だけ出した白久がこちらを伺うような視線で見つめていた。
俺は慌てて立ち上がって、白久に駆け寄った。
「白久、帰ってきたんだねお疲れさま
 暑かったよね、涼んで、俺、アイス買ってきたから食べて
 アイスカフェオレの方が良い?作ろうか?」
まだ外気の熱が冷めていないシャツの袖を引き、俺は白久をソファーに誘導する。

「長毛種の方が、触り心地が良いでしょうか…」
白久は大きな体を丸めるように、うなだれてソファーに座り込んだ。
「白久の髪も、十分柔らかいよ
 秋田犬は北国の犬だから、毛がモコモコしてるじゃん
 そこが可愛い」
俺はソファーに座る白久を抱きしめた。
白久は俺の腰に腕を回し、胸に頭を押しつけて甘えてくる。
白久の頭を撫でながら髪にキスをして
「疲れてるでしょ?ガムシロ入れて甘いカフェオレにするから、飲んで一息ついて」
そう言うと、彼はコクリと頷いた。
やっと顔を上げた白久と唇を合わせる。
俺は、白久に会えなかった寂しい時間が急速に満たされていくのを感じていた。
少し深い口付けの後、ジャレるような軽いキスを何度も交わす。
いつも見上げている白久を上から見ながらキスをする状況が、新鮮な感覚だった。

気が付くと、そんな俺達をタケぽんがマジマジと見つめている。
俺は急に恥ずかしくなってきた。
「荒木先輩、犬プロでもあるんですねー」
何だか感心したように呟かれたので
「いや、俺よりカズハさんの方が犬プロだと思う」
俺は火照る頬をさすりながら答えた。
「そうそう、カズハってば、すげー犬プロだぜ」
空が俺の言葉に反応して、誇らしそうに胸を張っていた。


白久に飲み物を用意すると、俺は白久に寄りかかり対面のソファーに座る波久礼とその後ろに立って猫指導(?)を受けるタケぽんを見つめていた。
アニマルコミュニケーション能力があるというタケぽんが羨ましくもあったが、それが無くても白久となら通じあえている気がする。
今だって寄りかかって触れ合っている腕から、俺への愛が感じられた。

「おっと、失礼」
波久礼が急に会話を中断し、スーツのポケットに手を入れる。
俺は去年の光景を思い出してしまった。
波久礼がまたポケットから子猫を取り出すんじゃないかとハラハラしたが、彼の手にはスマホが握られていた。
「はい、そろそろ営業終了時間なので、皆と一緒に事務所を出ようかと思っておりました
 はい?はあ…荒木も居(お)りますが…
 いや、しかし、そんなに急に?
 大丈夫だとは思いますが、そちらの警備は?
 そうですか、では、お言葉に甘えて…はい、失礼します」
波久礼の少し緊張したような礼儀正しい態度から、電話の相手はミイちゃんじゃないかと想像が付いた。

「三峰様からの電話だったんだが
 今夜は白久の所に泊めてもらえと言われてな」
困惑顔の波久礼の言葉に、俺の頭の中は「?」マークが飛び交うのであった。
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