しっぽや1(ワン)

□荒木の夏休み
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side<ARAKI>

今週は夏期講習の関係で、ずっと白久に会えなかった。
週末だけ出勤、という事で始めたバイトだったけど、今では週4、5日はしっぽや事務所に顔を出していた。
いつの間にか、しっぽや事務所に行くことが当たり前のようになっていたのだ。
『白久に会いたいな…』
顔を見てないのは5日くらいだったが、何だか数ヶ月も会っていないように思えてしまう。
『今日の授業は4時で終わりだから、ちょっとだけ顔出してみようかな
 白久の顔見て頭撫でてキスして…
 それくらいする時間あるよね、受験生だって気分転換は必要だしさ
 手ぶらじゃなんだし、アイスでも買っていこう
 よし、この授業が終われば白久に会えるぞ!』
俺は自分に言い聞かせると、授業に集中する。
ご褒美が待っていると思うと頑張れる、自分でも現金だなと思うけど、白久に会えるなら気にならなかった。


授業の後、俺はしっぽやに向かった。
途中のコンビニでアイスと牛乳を買ったので荷物が重くなってしまったが、俺の心は軽かった。

コンコン

ノックして扉を開けると、少し驚いた顔の黒谷が見つめてきた。
「今日は授業が早く終わる日だったから、差し入れ持ってきたんだ
 皆、暑い中での捜索、大変だろ?」
俺は照れ笑いを浮かべながら、コンビニの袋を掲げて見せた。
「わざわざありがとう
 白久はさっき捜索に出ちゃったんだ、せっかく来てくれたのにタイミング悪かったね」
黒谷が申し訳なさそうな顔になる。
「急にこっちにくるの決めちゃったからしょうがないよ
 白久が帰ってくるまで、待ってて良い?」
俺は伺うように聞いてみた。
「もちろんだよ、控え室、ちょっと込んでるけどね」
黒谷は悪戯っぽい顔で笑ってみせた。
「控え室が込んでる?」
不思議に思いながら、俺は買ってきたアイスをしまうため控え室に移動した。

「ああ、確かに…」
俺はその光景を見て納得する。
控え室のソファーには、猫の化生を侍(はべ)らせ、本物の猫(チンチラシルバー)を膝にのせた波久礼がいたのだ。
さらにタケぽんと空というデカデカコンビがいるので、室内の圧迫感が増していた。
「あれ?荒木先輩、今日って出勤でしたっけ?」
俺に気が付いたタケぽんが首を傾げてみせる。
「お前の働きぶりを、監視に来たんだよ
 書類の入力、ちゃんと出来てるか?
 棚の上や蛍光灯にホコリが溜まってないかどうかもチェックしないとな
 高所の掃除はお前の仕事だぞ」
俺が意地悪く言うと
「先輩、嫁イビリの姑みたいなこと言わないでくださいよー」
タケぽんは情けない声を出す。
しっぽやでのいつもの日常に、俺は心が和んでいくのを感じていた。

「ウソ、今日は授業が少ない日だったんで差し入れ買ってきたんだ
 これなんだけどって、ヤバい、アイス溶けてきてる
 冷蔵庫に牛乳入るスペースある?」
俺は慌てて、買ってきた物をテーブルに出していった。
「やったー、アイスもらうぜ!波久礼の兄貴も食ってけば?」
「牛乳、ちょうど切らしてたんですよ、ありがとうございます
 タケシ、アイスミルクティー作りますね」
「俺達は小豆のアイスにするよ」
「俺、牛乳そのまま飲みたいー
 でも、ちょっとだけ蜂蜜入れよっと」
皆が手分けして整理してくれたので、あっという間にテーブルの上が片付いた。

「波久礼が来てるなら、メンチでも買ってくれば良かったね
 今日はどうしたの?また、猫カフェでイベント?」
俺はカップアイスを食べながら聞いてみる。
「熊さんのところには、午前中に顔を出してきました
 今はタケぽんの修行のお手伝い、と言ったところでしょうか」
同じくカップアイスを食べながら、波久礼は膝の上にのせているチンチラシルバーを優しく撫でた。
「修行?」
俺は首を傾げてしまう。
「アニマルコミュニケーション能力を磨けないかと思って、波久礼に猫との心の通わせ方を教わってるんです」
タケぽんがそう説明してくれる。
「それで、銀次連れてきて実践してもらってるんですが
 銀次、あっという間に波久礼に懐いた…内弁慶で家族以外に抱っこなんてさせたことないのに
 しかも、家の中以外の所でクツロいでるし」
悔しそうな顔をするタケぽんの腕に、少し不満げな顔のひろせがピッタリと身を寄せている。
『ああ、何か複雑な三角(四角?)関係みたいになってる…』
俺は思わず苦笑してしまった。

「そっか、その子が銀次?俺が触っても大丈夫?」
そう聞いてみると、波久礼が銀次を撫でながらその耳元に顔を近付ける。
その様子を、タケぽんは真剣な顔で見つめていた。
「大丈夫ですよ、荒木は猫飼い歴が長いから猫が喜ぶ触り方を心得ているでしょう」
波久礼の言葉に、タケぽんも笑顔で頷いている。
俺は手を伸ばし、そっと頭に触れてみた。
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