しっぽや1(ワン)

□睦(むつ)まじい満月
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翌週の月曜日、俺と日野はしっぽやでのバイトの後に、影森マンションの飼い犬の部屋に帰っていった。
このまま泊まって、火曜日は早めに事務所に行くことにしたのだ。
ゲンさんより年上の飼い主に会うということで少し緊張してしまうが、話を聞いた限りでは優しそうな人である。
化生飼いの先輩に聞いてみたいことがあり、俺はかなり年上なオジサンとの面会を楽しみにしてる自分に少し驚いていた。
『化生っていう共通項がなければ、会おうとも思わない相手だよな』
化生を通じ世界が広がっていくのが不思議でもあり、楽しくもあった。

白久の部屋で、白久が作ってくれたご飯を食べる。
白久とゆっくり過ごすのは久し振りで、俺は幸せを感じていた。
忙しない夏休みの疲れが、癒されていく。
暫くは麦茶を飲みながら見るともなしにつけていたテレビを眺めていたが、白久と2人っきりだということを意識すると興奮してドキドキしてしまう。
俺は白久に抱いてもらえることを期待していたのだ。
白久も少し上気した顔で俺を見てくれる。
俺達は自然に抱き合って、熱く唇を重ね始めた。

一緒にシャワーを浴びた後、ベッドで想いを確かめ合う。
「白久…」
「荒木…」
お互いの名を呼び合って、その肌に触れ合う、存在を身近に感じる至福の時が訪れる。
いつものように何度も繋がりあい想いを解放し、愛を確認しあった。
夢のような時間はあっという間に過ぎ去って、心地良い闇に包まれる。
俺は白久の腕に抱かれて眠る、極上の時を満喫していた。



翌朝、いつもより早い時間にしっぽや事務所に出勤する。
黒谷と日野は俺たちよりもっと早く事務所に来ていた。
「早起きして、黒谷と少し走ってきたんだ」
日野は清々しい笑顔をみせた。
日野も、黒谷との時間を満喫していたようだ。

「岩月さんには、どんなお茶出せば良いかな」
俺はまた緊張してきた。
「岩月さんって、ゲンさんより上だけど婆ちゃんより若いんだよな
 最初は冷たい麦茶で、エアコンで冷えてきたら温かいお茶…
 いや、最初から温かいお茶の方が良いかも」
「じゃ、とっておき、こないだタケぽんに買わせた『やぶきた茶』出そう
 お茶請けはどうする?」
色々計画を立てる俺と日野を、白久と黒谷はニコニコしながら見ていてくれた。


コンコン

ノックの後に白久が頷いたので、彼らが来たことを俺と日野は察知する。
「まいどー、永田クリーニングです」
黒谷が扉を開けると、荷物を抱えた2人が室内に入ってきた。
ハーフにも見える端正な顔に人懐こい笑みを浮かべる、茶色い髪の人がジョンであろう。
白久よりは少し年輩に見えるが、それでも30前後、といった外見であった。
もう一人もやはり茶色い髪をしている。
けれども明るい雰囲気の優しそうなオジサンであった。
オジサンは俺と日野を見ると
「やあ、初めまして、若い飼い主さん達
 僕はジョンの飼い主、永田 岩月です、よろしくね」
とニッコリと笑ってくれた。
「あの、白久の飼い主の野上 荒木です」
「黒谷の飼い主、寄居 日野です」
俺達も慌てて挨拶を返し、ペコリと頭を下げる。
「永田クリーニング店の可愛い看板犬、ジョンでーす」
ジョンが悪戯っぽい顔で、へヘヘッと笑った。

俺と白久、日野と黒谷と一緒に岩月さんとジョンが控え室に入る。
ここなら落ち着いて話が出来ると、事前に打ち合わせておいたのだ。
他の化生は事務所で待機してもらっていた。
「やあ長瀞、こないだゲンちゃんに頼まれたジャケット持ってきたから、クローゼットに入れとくよ
 帰りに持って帰ってね」
岩月さんに言われ
「岩月様、いつも有り難うございます
 近いうちに背広も頼みますね」
「あ、岩月さん、俺もサトシの背広頼みたかったんだ
 今度持ってくるね」
長瀞さんと羽生が、笑顔で会釈しながら事務所に移動していった。
岩月さんは化生とは顔馴染み、と言った感じであった。

「どうぞ」
控え室のソファーに腰掛けた2人に、俺はお茶を出す。
「お茶請けも召し上がってください」
日野が煎餅やクッキーの入ったカゴをテーブルの上に置いた。
「どうもありがとう、気が利く子達だね、ゲンちゃんの言ってた通りだ」
岩月さんは親しみを込めた視線で、俺達を見てくれた。
「黒谷と白久が選んだ飼い主だ、良い子に決まってるさ」
ジョンが岩月さんに寄り添うと
「そうだね、やっと2人に飼い主が出来て喜ばしい限りだよ」
岩月さんもジョンに寄り添った。
穏やかにソファーに並ぶ2人はとても幸せそうで、自然体に見えた。

そんな2人を見ていると『オジサンになったら白久が離れていくんじゃないか』なんて不安を感じたことが、バカらしく思えてくる。
時を重ねれば重ねるだけ化生と飼い主の絆は深くなる、そう思わせてくれる雰囲気が彼らにはあった。
何十年か後、俺と白久もこんな風に自然に寄り添いあっていられるよう、願わずにはいられなかった。
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