しっぽや1(ワン)

□上弦の月〈5〉
1ページ/4ページ

side<IWATUKI>

母方の祖父母が事故にあってしまい、その看病のため両親は親戚の家に行ってしまった。
自宅でやっているクリーニング店は暫く休む予定だったけど、見習いで来ているジョンが僕と2人で頑張ってみたいと言い出したので、休まずに営業することにした。
店の手伝いはずっとやってきたし、ジョンも居てくれる。
きっと自分だけでも出来るはずだと高を括っていたけれど、いざ仕事を引き継いでみると僕が手伝っていたことは店の経営のほんの一部に過ぎなかったと痛感してしまった。
挫けそうになる僕を、ジョンが支えてくれた。
ジョンの明るい前向きさが、僕には頼もしかった。

両親のいない初日の夜、僕はジョンの頼みで同じ布団で寝ることになる。
一緒に寝るなんて恥ずかしかったけど、ジョンも2人で店を営業することに不安を感じていたのかもしれない。
そう考えると断るのも悪いし、実は僕も彼と一緒にいると安心できる気がしていた。
2人で布団に潜り込むと暖かくて、疲れていた僕はあっという間に眠りに落ちてしまった。


その夜、僕は久しぶりにお爺ちゃんの夢を見た。
不思議なことにお爺ちゃんは僕の記憶の中よりもずっと若くて、お父さんとさして代わらない感じに見えた。
お爺ちゃんの隣には少し毛の長い茶色の犬が居る。
きっと、この犬がジョンだ。
犬は僕が頭を撫でても怒らずに、嬉しそうに尻尾を振っている。
『お爺ちゃん、犬って可愛いね
 僕も欲しいな』
犬を撫でながら僕が言うと
『岩月だって飼ってるじゃないか
 俺が出来なかった分まで、可愛がるんだぞ』
お爺ちゃんにそんなことを言われてしまう。
『うちに犬は居ないよ』
不思議に思いそう聞いたら、お爺ちゃんは僕の後ろを指さした。
そこにはジョンが居た。
そういえば、ジョンはうちの看板犬ってことになってたっけ。

『ジョン』
僕が呼ぶと、彼は嬉しそうに駆け寄ってきて本物の犬みたいに体をすり付けてくる。
頭を撫でたら気持ちよさそうに目を細めた。
『ジョンはお前を守ってくれるよ』
お爺ちゃんが言うと、ジョンは僕をギュッと抱きしめてくれた。
『看板犬だけじゃなく、番犬も出来るなんて凄いねジョン』
何だか可笑しくて、僕はクスクス笑いながらジョンに抱かれていた。
彼から伝わる温もりが、とても心地よかった。

『貴方を、お守りします』
ジョンがそう言ってくれた気がして、僕は安堵感につつまれる。
『うん』
僕もジョンを抱きしめ返し、2人でピッタリとくっつき合う。
『こうしてると、僕達、満月みたいだね』
上弦と下弦、半身に出会えたような不思議な気持ちになった。

それから僕とジョンとお爺ちゃんと犬は、夢の中で楽しい時を過ごした。
あんパンを半分こにして分け合ったり、お爺ちゃんがどんな風に仕事をしながら移動していたか聞いたりもした。
お爺ちゃんと色んなことを話し合った。
子供の時もっと沢山お爺ちゃんと話しておけば良かった、という悔いが消えていく。

それはとても楽しくて、贅沢な夢であった。


朝の気配に、意識が浮上する。
夢の中でそうであったように、僕はジョンに抱きしめられながら寝ていた。
端正なジョンの顔が間近にあり、鼓動が早くなってしまう。
彼があまりに幸せそうな顔で気持ちよさそうに寝ていたので起こすのがしのびなく、僕は彼が起きるまで大人しく抱かれていることにした。
『ジョンが、ずっとうちで見習いしてくれればいいのにな』
僕はつい、そんなことを考えてしまった。
すでに僕にとってジョンは、離れ難(がた)い存在になっていた。

僕が起きた10分後くらいに、ジョンの目が開く。
間近にある僕の顔を見ても驚いたり照れたりする素振りを見せず
「おはよう、何か良い夢見ちゃった
 今日も頑張るよ」
にっこり笑ってくれた。
だから僕も
「おはよう、僕も良い夢見たんだ
 頑張ろうね」
素直に前向きな気持ちになれた。

「僕、朝ご飯作るから布団片付けてもらって良い?」
「もちろん!あ、でも、天気良いから少し干そうか
 後、洗濯もしよう
 岩月、今までの配達がまだ残ってるだろ?
 岩月が配達に行ってる間、俺がお店開けとくよ」
「ありがとう、今日はいつもより量が少ないし1時間くらいで回れそう
 帰ってきたら一緒に店番して、仕事の段取り考えよう」
僕達は着替えながら今日の予定を話し合った。
肉体労働をしていたジョンの、筋肉がありつつも引き締まった体つきにドキリとしてしまい慌てて目をそらす。

ドキドキを悟られないよう
「お昼はさ、お客さん少なそうだったらお弁当作ってお店で食べない?」
何気なくそう言ってみた。
「良いね、2人で食べた方が美味しいから」
ジョンは嬉しそうに頷いてくれて
『ジョンって格好いいだけじゃなく、可愛いな』
僕はついそんなことを考えてしまうのであった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ