しっぽや1(ワン)

□上弦の月〈4〉
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side<JYOUGEN>

秩父先生の家で、俺は再び半月と巡り会えた。
それはあのお方のお孫さんの、永田 岩月と言う方だ。
出会った瞬間、あのお方亡き後の俺の心を埋めてくれる存在だと確信する。
何故それが分かるのか言葉では説明できないけれど、愛しくて片時も離れたくなかった。
今すぐにでも飼って欲しかったが、それをどう伝えれば良いのか分からない。
親鼻や黒谷に色々と話を聞いてはいたが、いざ自分が飼ってほしい方と巡り会えると頭が働くなってしまった。
とにかく、岩月に気に入ってもらおうと色々話しかけてみる。
最初はぎこちなかった彼の態度が徐々に砕けてきて、お菓子やお寿司を分けてくれた。
愛しい人と何かを分かちあえる喜びに、俺の心は感動で打ち震えていた。

岩月が秩父先生の家から去ってしまうと、心に穴が空いた気分になってしまった。
けれども、そこには希望があった。
「ありがとう親鼻!俺、どう言ってこれから岩月の側にいれば良いのか、全然わかんなかった
 親鼻のおかげで、岩月の家に行くことが出来る
 もっと、岩月と一緒にいることが出来るよ」
俺は感極まって、親鼻に抱きついた。
「貴方が岩月君に飼ってもらいたがってることは、一目でわかりました
 商売をやっている方なので、私が実践したことを試してみればどうかと思って言ってみたのですよ
 私も秩父先生のお役に立ちたくて、強引に用心棒として雇っていただいたのです
 ただし、同じように上手くいくかどうかは貴方の頑張り次第ですからね」
親鼻は悪戯っぽい笑顔を向けてくる。

「それと、飼っていただく前に正体は打ち明けた方が良いです
 近くにいればいるほど、関係に綻(ほころ)びが出てきますよ」
親鼻は真剣な顔になり、そう忠告してくれた。
「ああ、うん…
 相手が好きであれば、どうしても些細な違和感が気になってしまうんだ
 ハナちゃんには辛い思いをさせてしまったね」
悲しそうな秩父先生に
「けれども、貴方は迎えに来てくださった
 私を、2度も受け入れてくださったのですよ
 あのとき、私は幸せで胸が張り裂けそうでした」
親鼻はうっとりとした笑顔を向ける。
「ハナちゃん」
「秩父先生」
2人はしっかりと抱き合って、思い出に浸っていた。

「よかったね、ジョン」
黒谷が俺の肩を叩いて、笑顔を向けてきた。
「え?ジョンって、岩さんのお孫さんに飼ってもらいたいって思ったの?」
「血縁者だから、大事な方だと思われたのですか?」
飼い主のいない新郷と白久にはピンとこないらしく、首を傾げて聞いてきた。
「血縁、とかではないと思う
 岩月を感じた瞬間、魂の片割れを得たような喜びが胸に走ったんだ
 俺はもう半月ではない、岩月と2人で満月になれるとね」
俺の言葉に、2人は分かったような分からないような曖昧な顔になる。
「僕が初めて和銅に会ったときは、君ほどはっきりとした感覚にはならなかったよ
 和銅は少し特殊だったから
 飼い主と巡り会えた時の感覚は、化生それぞれなのかもね
 君は宿でいつも岩さんの帰りを待っていた、だから飼い主が近づいてくる感覚に敏感だったのかな
 きっと白久も浮かれた反応になるんじゃないか
 飼い主が帰ってくるのを、いつも庭で待っていたんだろ?」
黒谷にそんなことを言われ
「そんなものですかね?
 確かにあのお方が病に伏せった後も、庭に姿を見せてくれることをずっと待っていましたが…」
白久は何だかよくわからない、と言う顔で首を捻っていた。

「とにかく、しっぽやの方は僕達で頑張るから、ジョンは岩月君のとこでしっかり働いてお役に立ってきて
 染み抜き覚えたらうちでもちょっとやってみたいから、教えてよ」
「お役に立ちたいというジョンの真摯な気持ちは、きっと岩月君に通じますよ」
黒谷と親鼻に励まされ、俺は明るい気持ちで頷いてみせるのであった。



数日後の朝、俺はドキドキしながら岩月のクリーニング店に行ってみた。
電話で再度約束を取り付けてはあるものの
『クリーニングの仕事なんて、手伝えるのかな
 俺、迷惑かけちゃったらどうしよう』
そう考えると、やはり緊張してしまう。
けれども、また岩月に会えるのだと思うだけで勇気がわいてきた。
「こんにちは、今日からよろしくお願いします!」
お店のガラス戸を開けて挨拶しながら入っていくと、光男氏が笑顔で迎えてくれる。
「やあ、来たね、こっちこそよろしく
 取りあえず、店番覚えて欲しいんだけどいいかな
 空いた時間で岩月に染み抜き教えさせるからさ
 クリーニングの方は薬剤使ったりするから、もう少し慣れてから教えるよ」
「はい、あの、岩月は?」
俺は緊張しながら、店内に岩月の姿を探す。
「あの子は今、配達に行ってもらってるの
 ジョンさん無給じゃ申し訳ないんで、せめてお昼ご飯はうちで食べていってね
 岩月が帰ってきたらお昼にするから」
朗らかな女の人が話しかけてくる。
彼女が岩月の母親のようであった。
岩月と一緒に食事が出来ると思うだけで、嬉しさがわきおこる。
「楽しみです」
俺が笑うと、2人も笑顔を向けてくれるのであった。
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