しっぽや1(ワン)

□共に走る喜び
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side<HINO>

ピピ、ピピ、ピピ、ピ…

スマホのアラームに起こされて、俺の意識が覚醒する。
日曜日の早朝、今日は黒谷とランニングをする予定なのだ。
時刻は午前5時を過ぎたばかりで、部屋の中は薄明るい。
窓の外からは、鳥が鳴き交わしている声が聞こえていた。
日が昇る直前の爽やかな空気を感じ
「よし!頑張るか!」
自分に活を入れながらベッドから起き上がった。

婆ちゃんや母さんはまだ寝ている。
俺は2人を起こさないよう静かに台所に移動すると、婆ちゃんが作っておいてくれたおにぎりにかぶりついた。
冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぐ。
麦茶を飲みながらおにぎり3個を完食し、デザートにバナナも3本食べた。
歯磨きをして顔を洗うと、俺は誕生日に黒谷に買って貰った新しいランウェアに着替える。
『新しいウェアって、気持ちいいな』
鏡に映る自分を見ていると、満更でもない気分になってきた。
買うときに一緒に選んでくれた黒谷も『似合う』と言ってくれたのだ。
俺は顔がニヤケてしまう。
ウエストポーチにタオルや小銭、スマホを入れると、俺は静かに家を出た。

日は昇って明るくなってはいるが、まだ暑さは襲ってこない。
俺はマンションからランニングコースのある公園まで歩き始めた。
黒谷と一緒に走ると思うだけで、テンションが上がってしまう。
日曜日だけれど、早起きをする事が全く苦痛に感じなかった。


公園に着き柔軟体操をしていると、早朝ランニングしている人をチラホラと見かけた。
犬を連れている人もいる。
散歩もかねているのだろう。
『今くらいの時間ならそんなに暑くないし、犬も楽だもんな』
俺も犬連れで走るのだと思うと、そんな人達に親しみがわいてしまう。
「おはようございます」
そう声をかけると、全く知らない人でも
「おはようございます」
爽やかに挨拶を返してくれた。

「日野、お待たせいたしました」
背後から、黒谷が声をかけてくる。
愛しい飼い犬との合流に、俺の頬は自然と緩んでいた。
「おはよ黒谷、わざわざこっちまで出てきてくれて、ありがとう」
「いいえ、ここの公園は緑が多くて気持ち良いですから
 いつも夜のランニングなので、朝に走れるのを楽しみにしていましたよ」
黒谷は俺の選んであげたランウェアを格好良く着こなしていて、その勇姿に見とれてしまう。

「人の少ない時間帯だったので、このまま電車に乗って来てしまったのですが…
 変に思われなかったでしょうか」
俺の視線に気が付いたのか、彼は少し心配そうな顔を見せた。
「大丈夫、アスリートに見える
 ジャージの空は、ヤンキーみたいだったもんなー」
カズハさんには悪いけど、俺は空の姿を思い出して苦笑してしまった。
「ここで2時間くらい走って、その後は影森マンションまで走って行こう
 走れば1時間かからないから、暑さが増す前には着けると思うんだ
 そうだ、部屋に行く前に朝定食べようよ」
「はい、運動の後のご飯は美味しいですから、楽しみです」
嬉しそうな黒谷が、とても可愛らしかった。

それから俺達は軽い柔軟体操をして、コースを走り始める。
黒谷は俺に合わせてゆっくり走ってくれた。
本気を出した犬の化生がどれくらい早く走れるか、俺は空を見て知っている。
悔しいが、俺が短距離を全力疾走するよりも遙かに早かった。
しかし、ゆっくりと言っても、俺だってそこそこのスピードは出している。
俺達は他にジョギングしている人を、次々と追い抜きながら走っていった。

黒谷とすれ違う犬が、軽く尻尾を振って誇らかな視線を向けてくる。
黒谷も相手の犬に同じような視線を向けているところを見ると、飼い主と一緒に走っている自慢をしているようであった。
飼い犬の様子に気が付いた飼い主が俺達に視線を向けるが、俺と黒谷を見ると
「おはようございます」
と親しげに声をかけてくれる。
「おはようございます、このくらいの時間だと犬も楽で良いですよね」
「そうですね、そろそろ夕方も暑いから散歩の時間が難しくて」
相手は普通に、他の飼い主に話しかけるような言葉を返してくれた。
犬連れでのランニングというこの状況が、とても嬉しかった。

俺達はその後、予定通り2時間くらい走っていた。
流石にランニングをする人の姿が減ってくる。
自販機で買ったスポーツドリンクを黒谷と分け合って飲みながら
「今日はこの辺にして、影森マンションに帰ろうか」
俺は自然に影森マンションに『帰る』と言う言葉を口にしていた。
俺にとって影森マンションの黒谷の部屋は、帰るべき場所になっていたのだ。
「そうですね」
汗を拭きながら黒谷が笑顔で答えてくれる。
「飼い主と一緒に走るのは、とても気持ちが良いですね
 また、早朝ランニングしましょう」
黒谷の言葉に俺は幸せな気持ちで大きく頷くのであった。
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