しっぽや1(ワン)

□家族の絆
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side<SAKURAZAWA>

仕事が休みの日曜の午後、俺と新郷は連れ立ってショッピングモールまで買い物に出かけた。
今日はゲンのところに泊まりに行くので、宿泊料代わりに夕飯を作ることになっているのだ。
時々、俺達はそうやってお互いの家で飲み明かしたりしている。
家族のいない俺にとって、ゲンは家族同然だ。
彼とゆっくり語り合えるその飲み会は、俺にとって貴重な時間となっていた。

「あそこの食品売場の日曜日のお楽しみ、養殖生本マグロ買おうぜ
 後、今日は生アトランティックサーモンが特売だってチラシ入ってたから、それも買おう
 刺身用柵はスライスしてサラダにのっけて、加熱用でムニエル作って
 刺身に出来そうなイカや魚も売ってると良いけど」
ウキウキと話しかけてくる新郷に
「そうだな、運が良いと、珍しい魚が売ってるんだが
 他にも色々、良さそうな物を買っていこう
 本当は釣りに行って釣果を持って来たかったが、それはまたの機会だな
 それと、野菜も多めに買わないと、長瀞に怒られそうだ」
俺も高揚する気分で答えた。


ショッピングモールでの買い物中、俺達は見知った顔に遭遇する。
「羽生と中川先生だ」
向こうが先に俺達に気が付いて、親しい笑顔を向けてきた。
羽生を見て、俺は少なからず驚いてしまう。
子猫の化生である彼はキレイな顔立ちではあるものの、その表情にはどこかに幼さと無邪気さが残っていた。
それが今日は、煌びやかな華やかさと艶やかさを併せ持つ『大人の若猫』に見えたのだ。
心なしか、背も伸びているように感じられた。
新郷も中川先生も羽生自身ですら、特にそれを意識している様子はない。
『子猫の成長とは、早いものだな』
ゲンの実家で暮らしていたとき、そこで飼われていた猫の成長に驚いた記憶がよみがえり、俺は笑ってしまう。
羽生が成長するような出来事が、何かあったのだろうと推測された。
それはきっと幸せな変化だ。
そんな2人を見ていると、俺も暖かな気持ちになれた。

「良かったら、中川先生達も来ますか?
 人数多いとゲンも喜ぶし」
俺は、ごく自然に今日の飲み会に2人を誘っていた。
自分からあまり人を誘うことのない俺の言葉に、新郷が優しい笑顔を向けてくる。
「桜ちゃんがカワハギとイカをお造りにしますよ
 イシモチは塩焼き、メバルは煮つけ
 俺は、アトランティックサーモンでムニエル作るし
 刺身用の柵も買うから、そっちはサラダに乗せてサッパリと食べましょう
 羽生、養殖生本マグロもあるぜ」
新郷がウインクしながら伝えると
「生本マグロ?!双子に聞いたことある!別格だって
 俺まだ食べたことないんだ」
羽生は興味津々といった顔になった。
「じゃあ、飲み物は俺達が買いますよ
 またクラフトビール祭りしましょう」
中川先生も笑顔で答えてくれた。

それから俺達は、店をあちこち見て回り美味しそうな物を買い込んだ。
「桜ちゃん、楽しそう」
新郷がこっそりと俺に囁いてくる。
「ああ、ゲンも家族だが、化生の関係者も家族だもんな
 家族で過ごせる時間は、楽しいものだよ」
俺は穏やかな気持ちで答えた後
「でも、1番の家族は新郷だ」
そう言葉を付け加えた。
「うん」
新郷は幸せそうに笑い
「そんな可愛いこと言われると、今夜もしたくなっちゃう」
そう言って舌を出した。
慌てた俺が言葉を発する前に
「わかってる、ゲンのとこではお預けって
 だから昨夜、いっぱいさせてもらったんだもん
 後は明日、家に帰ってからのお楽しみ」
新郷はニヒッと笑って、また食材を物色し始めた。
今の新郷の言葉が中川先生達に聞こえてしまったかと2人を見ると、彼らも何か囁きあって幸せそうに笑っている。
『まあ、化生関係者の間では、あまり気にすることではないか』
そう思うと気が楽になり、俺もまた食材に目を戻し買い物を続けるのであった。


ゲンの部屋の前に帰り着くと、俺は渡されている合い鍵でドアを開けた。
歓迎会などで何度もゲンの部屋に出入りしているため、中川先生も羽生も勝手知ったる感じで、荷物を置いていく。
「ビールは冷やしときますね、乾きものはカゴに入れてっと」
「新郷、すぐに調理始める?冷蔵庫にしまった方が良い物ある?」
「刺身用の柵はギリギリに切った方が良いから、入れといてくれ
 イカとカワハギも
 メバルは先に煮つけて、っとイシモチも焼いちゃうか」
羽生に指示を出す新郷が張り切る先輩に見えて微笑ましかった。
「俺は、テーブルの準備をしておくかな
 新郷、そっちが一段落付いたら呼んでくれ」
「了解」
俺達は手分けして準備を進めていく。
ゲンや長瀞が帰ってくるまでには、料理が出来上がるであろう。
宴会というと、何だかんだと立ち働いている長瀞に楽をさせてあげられそうだった。
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