しっぽや1(ワン)

□共にある強さ
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side<HINO>

しっぽやでのバイト中、俺は壁に貼ってあるカレンダーを見てため息をついてしまう。
「荒木は良い具合に土曜日が誕生日だったなー
 俺、今年の誕生日、月曜だよ」
せっかくの誕生日、黒谷と一緒に居たかったけど平日だから無理そうだ。
「そっか、日野の誕生日って月曜か
 確かに月曜ってちょっと憂鬱だよな
 あ、でもさ、俺の時みたいに土曜の授業後から日曜にかけて2人で過ごしたら?
 月曜は黒谷のとこから学校行けば、17歳最後の日と18歳最初の日に一緒にいるのは黒谷になるじゃん」
荒木にそう言われると、それはとても良い考えに思われた。
所長席に座る黒谷を見ると、俺を見て優しく頷いている。

「土日は、俺と白久が頑張るからさ、お前と黒谷は休みなよ
 今週末からショッピングモールで『梅雨でも心晴れ晴れセール』とかやるってチラシが入ってたっけ
 あそこなら雨でも関係ないし、行ってきたら?」
「うーん、荒木の時と同じデートコースってのは何だけど…
 新しいランシューズは欲しいかも
 あそこのスポーツ用品店、けっこー良いのがそろってるんだよな
 どうせならウェアも欲しいし」
悩む俺を後押しするように
「日野、誕生日プレゼントにそれを贈らせてください
 僕ではどれが良いかわからないので、一緒に選んでいただけると助かります」
黒谷が笑顔を向けてくれた。
「じゃあ、そうしよっかな
 今週の土日、泊まりに行くね」
俺の言葉に
「はい、お待ちしております」
黒谷はニッコリと頷くのであった。



週末の土曜日、午前の授業が終わると俺と荒木は連れ立って駅に向かった。
あいにくの雨であったが、俺の心は晴れ晴れしている。
「お前、俺の時、さんざん顔がニヤケてるって言ってたけど
 今日のお前の顔だってデレデレだぜ」
荒木が茶化すように肩を小突いてくるので
「そりゃ嬉しいよ、ゆっくりデート出来るんだからさ」
俺はシレッと答えてやった。
「ちぇ、ごちそうさま」
荒木は肩をすくめて見せた。

駅が近づいてくると、改札内に黒い人影が佇んでいるのが見えてくる。
「あれ、黒谷だ
 流石に雨の日だからスーツじゃないのか
 何かちょいワルな感じで、格好いいじゃん」
気が付いた荒木がそんな声をかけてくる。
黒谷は黒のジーンズに黒のジャケットを着ていて、白いシャツの喉元からシルバーアクセがのぞいていた。
「つか、放し飼いの甲斐犬って、ちょっと迫力かも」
荒木の言葉を裏付けるように、駅を行く人が黒谷に向ける視線は少し恐れが混じっているように思われた。
「いや、放し飼いのハスキーよりマシだって」
俺が苦笑すると
「だな」
荒木も苦笑した。

「日野」
俺に気が付いた黒谷が笑顔を向けてくる。
飼い主があらわれたことで、黒谷に向けられていた周りの視線が和んでいく。
駅に飼い主を迎えにくる犬は、いつの時代も受けが良い。
「やっぱ、化生って不思議だよな
 ゲンさんが言ってた『人として見られながら獣として扱われてる』ってやつ」
荒木の言葉に
「だからお前、気を付けろよ
 駅で待ってる秋田犬って、本当に可哀想に見えるんだから」
俺はそう答えてやった。
「それは、俺も思った…」
荒木は少しばつが悪そうな顔で頷いていた。

改札を抜け黒谷に近づくと
「今日は荷物が多くなるかと、大きな鞄を持ってきました
 中にエコバッグも入ってます
 沢山買い物しても大丈夫ですからね」
誇らかに鞄を見せてくる。
「エコバッグで買い物する犬って、見た人、キュン死しそう」
荒木がこらえきれずに笑いをもらしていた。


俺たちは荒木と別れて、ショッピングモールに向かう。
「特に見たい映画とかやってないし、今日は買い物メインかな
 でもその前に、腹ごしらえ!
 荒木がさ、串揚げの店が美味しかったって言うから行ってみたくて」
俺の言葉に、黒谷は真剣な顔で頷いている。
「シロに聞きました、テーブルで揚げられるとか
 僕がいっぱい揚げるので、どんどん食べてください」
「黒谷も食べてね」
そんな会話を楽しみながら移動していると、幸せな気分が高まっていった。
「俺、黒谷を飼えてから良いことばっかだ
 幸せすぎて怖いって、こんな感じなのかな
 今までそんなことなかったから
 いつも、楽しい気分になると悪いことが起きるんだ」
俺は今までの自分の人生を振り返ってしまう。

小さい頃始めて引っ越しをしたら母さんが霊に取り憑かれ家庭が崩壊し、中学に上がれば両親が離婚して、高校に入れば先輩にレイプされ、先輩が卒業したら別の奴らにレイプされて、夏休みには婆ちゃんが入院するし荒木と揉めることになって…
こんなに長く幸せだけを味わっていたことは、初めてかもしれない。
「今まで苦労した分、幸せになって良いのですよ
 僕に、その手伝いをさせてください」
黒谷の頼もしい言葉が、とても嬉しかった。

「ここのお店ですね
 まずは、幸せなお昼ご飯の手伝いです」
「うん」
俺たちは意気揚々と店に入るのであった。
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