しっぽや1(ワン)

□一年の誕生日
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side<SIROKU>

自分の誕生日が近づいてくる。
それは今まで感じたことのない、不思議な感覚であった。
『誕生日』などという日を、私は今まで意識したことがなかった。
飼い主である荒木の誕生日を教えてもらい、初めて『生まれてきてくれた日に感謝する』という感情が芽生えたのだ。
荒木が生まれてきてくれた日が、とても尊いものに感じられた。

荒木は私の誕生日を考えてくれた。
それは荒木と初めて契った日。
まだ飼っていただける訳ではなかったのに、荒木は私を受け入れてくれた。
私と離れたくないと言ってくれた。
あの日、私は荒木のことをこれ以上なく愛しいと思い、守りたいと強く感じた。
この方の生活を守るためなら、共に過ごした数日の記憶を荒木が覚えていなくとも悔いはないと思えた。
たとえ飼っていただけなくとも、長らく飼って欲しいと思う人間に巡り会えなかった私にとって、荒木との出会いはこの上なく輝かしいものであったのだ。


アラーム音で起こされた私は、カレンダーの日付を確認する。
1年前の今日は、荒木がしっぽやに依頼をしに来てくれた日だ。
あの時の私は初めて会えた心浮き立つ人間を前に、とても舞い上がってしまっていた。
どうしても彼の役に立ちたくて、猫の捜索依頼であったというのに自分が探すと名乗りを上げてしまった。
それを後悔はしていない。
しかし、もし猫が捜索に出ていたら、クロスケ殿が亡くなる前に荒木に会わせてあげられたのではないか、という思いは負い目となって私の心に澱(おり)のように沈み込んでいる。
クロスケ殿のことはもうどうにもならないことであったが、他の飼い主に同じような思いをさせないよう気を引き締めて捜索に当たらなければ、と最近の私は思っていた。


クロスケ殿と初めて想念を交わそうとした時、猫の心の複雑さに私は戸惑ってしまった。
最初はどんなに呼びかけてもなかなか応えてもらえなかった。
想念をキャッチした後も
『泣かれるから鬱陶しい、こっちの気が滅入る』
『もうササミも美味くない』
『暖かいってのは幸せだ』
『また、カーテンに包まれる』
などと言った散文的な返答ばかりで、犬の私にはさっぱり要領を得なかった。
しっぽやで犬に慣れている双子や長瀞との意志疎通が、どんなに楽なものかを痛感したのだ。

数日、根気強く呼びかけたせいだろうか
『犬ってのはバカだな、愚直ってやつか?察しろ』
『俺様をかまうより荒木を泣かせるな、あいつが泣くから』
『俺様は還んなきゃいけないんだ、あいつが心配なのに』
『俺様の姿を見たら、きっとあいつは頭がおかしくなっちまう』
クロスケ殿の想念は、ずいぶんと分かり易いものに変わっていった。
そしてクロスケ殿は誰かを心配して自ら姿を隠したのだと、だんだん私にも察しが付いてきた。

そしてあの日、寝ていた私にクロスケ殿の想念が突き刺さったのだ。
『おい、犬、俺様はもう還る
 荒木が世話をかけたな、最後の礼だ、荒木には姿を見せてやる
 荒木がみつけた良い場所に居るからな
 だが、あいつには絶対に俺様を見せるな
 あいつに見せる前に燃やしてくれ
 何も見せないとあいつも納得しないだろう、案外頑固だから
 屈辱的だが、こうなったら灰くらいは見せてやるさ…
 すぐ帰るからな…
 泣くなよ…
 パパ…大好き…』
飛び起きた私が時計を見ると、それは明け方に近い時間だった。
生き物が、生まれる前の場所に還ることの多い時間であった…
その段になってやっと私は、クロスケ殿の想いを理解した。
クロスケ殿は亡骸を荒木のお父様に見られたくなくて、死に場所を求めて家を出たのだと。

依頼は成功せず、荒木とは接点を失ってしまうはずだった。
せめて最後に私のことを知って欲しくて記憶の転写をしたが、荒木は私を恐れず嫌悪もしなかった。
それどころか、荒木は私と契ってくれた。
クロスケ殿の亡くなられた日、私は初めて化生出来た事に感謝した。
荒木という人間と巡り会えた事に、心から感謝したのだ。
それは荒木が言ってくれたように、第2の生の始まりといえる感情であった。
そして翌日には、私は正式に荒木に飼っていただけることになる。
私は愛しい飼い主を手に入れた。


1年前を思い出し回想に浸っていた私は、時計を確認し焦ってしまう。
いつもならとっくに朝食を食べ終わっている時間であった。
『時間のない朝は、これですね』
私はコーンフレークを器に出すと牛乳をかけ、慌ただしく朝食を済ませる。
『荒木が教えてくださった食べ物』
そう思うと簡単な食事とはいえ、とても美味しく感じられた。
『今度はグラノラでも買ってみますか
 荒木はコーンフレークより、そちらの方が好きだと言っていたし』
荒木に教えてもらったささやかな情報が愛おしい。


「さて、今日も頑張りますか」
私は自分に気合いを入れるとペットを探す飼い主のため、しっぽやへと向かうのであった。
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