しっぽや1(ワン)

□一年という時間
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side〈ARAKI〉

「ニャア〜ン」
甘えた声と共に俺の頭に頭突きしてくるカシスに起こされて、俺の意識が浮上する。
「…あ〜、はよ、カシス…」
まだボンヤリとしている思考が、カレンダーの日付を見て一気に覚醒した。

1年、という時間を俺は特に意識しないで今まで過ごしてきた気がする。
プレゼントを貰える誕生日やクリスマスが来年も楽しみだ、と思ったことはあっても前の年の同じ日のことを振り返ったことはない。
けれども今年は、どうしても1年前のことを思い出してしまう。
生まれたときから一緒に過ごしてきた黒猫の<クロスケ>が1年前の今日、亡くなった。
17歳のお爺ちゃんだったけど、俺はクロスケはまだずっと一緒に居てくれると信じて疑わなかったのだ。

完全室内飼いのクロスケは、死ぬ直前に家から脱走してしまった。
俺が最後に見たクロスケの姿は、日常の風景過ぎて全く覚えていない。
最後に見たクロスケの姿を思い出せない自分が情けなかった。
クロスケは最後に俺を見たとき、どんなことを思ったのだろうか。
クロスケだけがその答えを知っている。


「カシス、クロスケだったとき、何で出て行っちゃったんだよ」
俺は新たな飼い猫のカシスの頭を撫でながら、恨みがましく聞いてみた。
白久によると、カシスの中にはクロスケの魂が入っているらしい。
しかし今は『カシス』として存在しているので、クロスケの時の記憶はもう無くなっているとも言っていた。
再びこの家の猫になれたから、それはもう覚えている必要が無くなったそうだ。
『まだクロスケの記憶があるうちに、白久にもっと色々聞いといてもらえば良かった』
つい、そんなことを考えてしまう。
でも、波久礼がカシスを事務所に連れてきた後、白久と一緒に過ごす時間が心地よくて
『白久と…した後、爆睡しちゃってたんだよな…』
そう気が付いて、俺は一人頬を赤くしてしまう。

「カシスー、荒木のこと起こしてくれた?」
階下から母さんの声が聞こえてくる。
「起きてる、今、着替えて降りるから」
俺は慌てて返事を返した。
親父はすでに出勤しているこの時間、カシスは俺を起こすため部屋に来るようになっていたのだ。
制服に着替え、学校用の鞄と共に白久の部屋へのお泊まりセットが入ったバッグを持って、リビングに向かう。
テーブルには朝食が準備されていた。

「じゃあ、母さん先に出るから
 クロスケのご飯、カシスにあげといて」
母さんはそう言い残して出勤していった。
テレビ台の上には未だにクロスケの骨壺が入った袋と遺影が置かれている。
一周忌の今日はお線香が炊かれていて、クロスケが好きだったカリカリの小袋とオヤツの焼きササミが供えられていた。
「今朝は豪華だぞ」
カリカリをお皿に出してササミをほぐして添えてやると、カシスは鼻息も荒く夢中で食べている。
「お前、まだ1歳になってないのに絶対クロスケより重いよな」
俺は呆れた声を出してしまうが、晩年、食欲の落ちたクロスケを見ていたので、カシスの若々しい食欲が嬉しくもあった。

朝食を食べ食器を流しに持って行くと、身支度を整える。
カシスはさっさと貰った物を食べきって、リビングのソファーで長くなって寝ていた。
「そーゆーとこは、クロスケに似てんだよな
 クロスケは丸くなってたけど」
俺はカシスの頭を撫でると
「じゃ、行ってくるから」
そう声をかけ、家を出た。


「あれ?今日、泊まり?」
朝の教室で、俺の持っているお泊まりバッグに目ざとく気が付いた日野が声をひそめて聞いてきた。
「まあな」
俺も声をひそめて囁き返す。
「今日、白久の誕生日だから、一緒にいてやりたいんだ
 明日は白久の部屋から、直接学校に行くよ」
俺がヘヘッと笑うと、日野は驚いた顔を見せた。
「化生の誕生日って、わかるの?
 黒谷って、いつだろ」
「白久は自分の誕生日、覚えてないって言ってた
 でも、俺が白久を飼おうと思ったと言うか、初めて、その…したの…って、去年の今日だからさ
 今日が誕生日ってことにしたんだ
 化生にとって飼い主が出来るって、第2の生の始まりみたいなもんだろ?」
赤くなる頬を自覚しながら、俺は更に声を落として囁いた。

「そっか」
日野は納得した顔で頷いている。
「じゃあ、黒谷は終戦記念日が誕生日になるのか
 どこまでも、あの戦争に縛られてるみたいだ…」
少し遠い目をする日野に
「お前も、黒谷の誕生日の日には一緒にいてやりなよ
 しっぽやの方は俺と白久で頑張るからさ」
俺は笑ってそう告げた。
「…うん、ありがと
 俺と黒谷でフォローするから、今日はお前たち早く上がりなよ」
日野の言葉に
「依頼が少なかったら、そうさせてもらう」
俺はありがたく頷くのであった。
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