しっぽや1(ワン)

□新年会
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集合時間よりかなり早くゲンの部屋に着いてしまったが、チャイムを押すと長瀞が迎え入れてくれた。
「いらっしゃませ、桜様が参加してくださるというので、ゲンはとても楽しみにしているんですよ
 まだ仕事から戻ってきてはいませんが
 私は新年会の下処理があるから、黒谷が早めに上がらせてくれたのです
 日野が喜ぶ物を用意しておいてくれと」
長瀞は穏やかに微笑んだ。
「俺達も準備を手伝うよ、台所を借りても良いかな」
俺の言葉に
「頼りにしております
 お魚を捌くのは桜様と新郷にはかないませんので」
長瀞は笑顔で頷いた。

キッチンに移動すると鍋の準備がされている。
「私たちのミッションは『肉』なので、モツ鍋と鳥ツミレ鍋にしようと思いまして
 それと、食べ盛り対策の鶏唐を作ります」
「そうか、俺達も鯵でツミレを作ろうと思っているんだ
 チカを唐揚げにしたいから、鳥を揚げる前に揚げさせてもらおうかな」
俺は買ってきた物の袋を置く。
「随分用意してくださったのですね
 予算、オーバーしているのでは」
中をあらためた長瀞が恐縮した顔を見せた。
「良いの、桜ちゃんとのお買い物、楽しかったし
 いつも2人分しか買わないから、あれこれ買えて満足」
新郷がニヒッと笑うと、長瀞も納得した顔になった。

「ツミレ鍋に鯵ツミレも入れて良い?
 先に鯵、後で鳥にすれば味の邪魔にならないし」
「良いですね、それならツミレ鍋はあっさりと塩味にしましょうか
 モツは味噌、魚は醤油にすれば味にバリエーションが出ます」
「桜ちゃんが剣先イカのお刺身作ってくれるから、柳葉包丁貸して
 俺は鳥も併せてツミレの用意するんで、長瀞は揚げ物お願いして良いかな
 チカ2パック買ってきた、ビールにあうぜ」
「これがチカ?ワカサギに似ていますね
 丸ごと揚げれば、カルシウム摂取できます
 2パックあるから、1つは唐揚げ粉にカレー粉を混ぜてみましょう」
化生達が楽しげに会話するのを見ているのは、心和む光景だ。
「今回、葉物は白久、根菜は空、シメ物は黒谷が用意してくれます
 皆様が到着するまでに、鍋の出汁を暖めて揚げ物を揚げておいてしまいましょう
 桜様、イカの処理をお願いします」
長瀞に笑顔を向けられ
「ああ、任せてくれ」
俺も笑顔で頷くのであった。


テーブルにカセット焜炉や鍋、出来上がった料理や小皿を並べていく。
そんなタイミングでゲンが帰ってきた。
「ただいまーっと、桜ちゃんも新郷もナガト手伝ってくれてたんだ
 ありがとう、ありがとう」
ゲンは大仰に頭を下げた。
「今夜は終電気にしないで、泊まってってくれよな
 明日も定休日だろ?」
親しく話しかけてくるゲンに
「甘えさせてもらうよ、これから地獄の決算期だ
 その前に命の洗濯しとかなきゃな」
俺も笑顔で答えるのであった。
「歓迎会に出なかったのに、新年会に急に参加してきておかしく思われないかな」
俺は少し気になっていたことを聞いてみる。
「大丈夫だって、んなこと気にするようなみみっちい奴いないから
 化生が心惹かれる奴は、総じて真摯で良い奴なんだよ
 俺も、お前もな」
ゲンは悪戯っぽい顔で笑った。

そうこうしているうちに、次々と参加者があらわれる。
「やあ、今晩は、桜さんですね
 ゲンさんから話は聞いてます
 俺は『中川 智』って言います、羽生の飼い主です
 俺、親が転勤族で高校入るまで転校繰り返してたから『幼なじみ』って関係、すごく羨ましいんですよ
 小中学校の友達とは、疎遠になっちゃっててね」
煌びやかな美少年とともに来た彼は、俺を見て爽やかに笑った。
「今晩は、2人とも、たまに階段で会うね
 新郷って強いんでしょ?空が言ってたよ
 波久礼の師匠も一目置いてるって」
美少年、羽生に興味津々といった様子で凝視された新郷は
「まあ、それほどでもないけどな
 黒谷にゃ、かなわないし」
満更でもない顔で笑っていた。

眼鏡をかけた大きなハスキーの化生と共に来た小柄な青年が
「今晩は、あの、時々しっぽやの階段ですれ違ってましたね
 僕、化生と飼い主だって全然知らなくて
 ご挨拶せずにすいませんでした」
慌てた様子で、ペコペコと頭を下げだした。
「いえ、こちらこそ挨拶が遅れてすいません
 しっぽやの上の階に入っている会計事務所の桜沢慎吾といいます」
俺が挨拶をすると
「僕は樋口一葉と書いてカズハと言います
 ベタな名前ですいません」
彼はまた頭を下げる。
「新郷の兄貴、見てくれ、俺も眼鏡デビューだぜ!」
新郷はハスキーの眼鏡を見て
「ま、ちっとは頭良さそうに見えんじゃん
 でも、その恐ろしい顔で桜ちゃんを怯えさせたらシメるからな」
不敵に笑って見せた。
「俺より波久礼の兄貴の方が、顔怖いじゃん
 俺、癒し系なのに…」
ハスキーは巨体を縮こまらせ、カズハさんの後ろに避難する。

俺は初めての人達との集まりで緊張していた気持ちが、すぐにほぐされていくのを感じていた。
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