しっぽや1(ワン)

□新年会
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side〈SAKURA〉

「新年会、か…」
俺は新郷に抱かれた後、彼の腕の中でそんなことを呟いていた。
「たまには、そんな会に参加してみたくなった?」
新郷は俺の髪を撫でながら、優しく聞いてくれる。
「前に会って、荒木も日野も良い奴だってわかったろ?
 『今時の高校生』ってのにしては、スレてないと思うけどな」
ニヒッと笑う新郷に
「まあ、彼らは学生だから酒を強要されなくてすむし
 俺は酒宴の酌(しゃく)の酌(く)み交わしが、どうにも好きになれなくてな
 大学時代も会計事務所勤務時代も、それで散々嫌な思いをしてきたから」
俺は顔をしかめてみせる。
「羽生の飼い主は教師だ、って言うから生徒の前で飲酒の強要なんてしないと思うぜ
 空の飼い主は大人しそうな奴で、下戸(げこ)っぽいしさ
 空の奴デカい図体してるくせに、あの大人しそうな飼い主に頭上がらないんだから笑えるよな」
新郷は可笑しそうにクツクツと笑い出した。

「空って、あのハスキーか
 彼の飼い主に会ったことあるのか?」
少し驚いて聞くと
「桜ちゃんだって会ってるよ
 たまにしっぽやの階段で、髪が長くて眼鏡かけた大人しそうな人とすれ違うでしょ
 あの人だよ」
新郷の言葉で俺はその人物に思い至った。
「化生の飼い主だったのか
 何度か見かけたから、しつけ教室参加者なのかと」
確かに彼なら大人しそうで、酒を強要してくるタイプには見えなかった。

「桜ちゃんが新年会に参加したいって言えば、ゲンは喜ぶと思うぜ
 せっかくだから釣果持って行きたいけど
 こんな寒い時期に釣りに行って桜ちゃんに風邪ひかせたら大変なんで、釣果自慢は暖かくなるまでお預け」
新郷は俺の髪に優しく口付けた。
「そうだな、鯵(あじ)でも持っていければ、ツミレにして鍋の具になるんだが
 鰯(いわし)のツミレよりクセがなくて美味いからな」
「アンコウが釣れれば、アンコウ鍋になるから俺達尊敬されるぜ」
「素人が深海魚を釣るのは無理だって
 しかし、鰤(ぶり)とは言わなくても、ワラサでも釣れればな」
「だね、切り身にしちまえば鰤と言えないこともない
 長瀞にブリ大根にしてもらいたいぜ」
新郷とたわいない話をしながら過ごす時間が、俺の心を和ませてくれる。
「…ゲンに、新年会に参加したいと伝えるよ
 他の飼い主にも、きちんと挨拶したいしな」
俺は少し照れくさい気持ちで新郷にそう伝えた。
「やった!これであのデカブツに桜ちゃん自慢し放題だ!」
新郷は、俺の言葉に満足そうにニヒッと笑った。



新年会当日、ゲンからはミッションなるものを言い渡されていた。

『お前達へのミッションは当然「魚」
 魚好きをアピールするために趣向を凝らしたもん用意してこいよ
 普通に「塩鱈の切り身」だけだとプライドに関わる問題だと思え
 とは言え塩鱈は鍋の鉄板で良い出汁出るから、少しは用意してくれよな
 鍋に拘(こだわ)らない魚でも、もちろんOKさ』

「自分で釣りに行けないとなると、なかなか難しいな」
正月明けのスーパーでは、オーソドックスな魚しか手に入らなそうだ。
しかし『プライドに関わる問題』と言われると、何か珍しい物を用意したくなってしまう。
「今日は土曜でうちの定休日だし、早めにスーパー行ってゲンのとこで下拵えしよ
 普通の魚でも向こうで刺身にしてやれば、珍しがられるんじゃないの?
 これからどんどん忙しくなるから、その前に息抜きしなきゃ」
新郷に笑顔で言われ
「そうだな、たとえ鯵でも目の前でお作りにすれば新鮮な感じがするかな
 そろそろ通常通り漁に出ている船もあるだろうから、珍しい魚が入荷されているかもしれないし」
俺も笑顔でそう答えるのであった。


「うーん、刺身にするには小振りだな」
俺はスーパーの鮮魚コーナーで、ばら売りの鯵を見つめながら考え込んでしまう。
「いや、これくらいならツミレにすればいいじゃん
 鯵のツミレなんて売ってないから、珍しいよ
 すいません、これツミレにしたいんで、三枚おろし皮引きまでやってもらえますか?」
新郷は手早く鯵を6匹ビニール袋に入れ、お店の人に手渡していた。
魚の処理が終わるまで、俺達は他の物を見て回る。

「塩鱈と、真鱈の白子も買っておくか
 後、鍋になりそうな物は…やはりアンコウか
 オーソドックスだけど、鮭も良いな
 お、ハタハタがある、これは珍しがってもらえるかな」
俺は魚を選ぶのが楽しくなってきた。
「桜ちゃん見て、立派な剣先イカ!お刺身でどうぞ、って書いてあるよ
 これ刺身にしたら、スルメイカより珍しいって」
「チカもあるのか、これは唐揚げにしたら美味そうだ」
気が付くと、カゴの中にはけっこうな量の魚が入っている。
「しまった、調子に乗りすぎたか」
俺が苦笑すると
「食べ盛りの高校生がいるから、平気だよ」
新郷は屈託なく笑う。
俺達は鯵を受け取り会計を済ますと、そのままゲンの部屋に向かうのであった。
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