しっぽや1(ワン)

□初詣
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side〈ARAKI〉

「明けましておめでとうございます
 今年もよろしくお願いします」

俺が白久とそんな挨拶を交わせたのは、1月3日のことであった。
本当は大晦日からずっと白久のところに居たかったけど、大掃除の手伝いをしたり叔父さんが来たり親戚の家に行ったりと、忙しない年末年始を過ごしていたのだ。
「やっと、白久とゆっくり正月を満喫できるよ」
今日から白久の部屋に3泊出来ることは、俺にとって何より嬉しいお年玉だ。
しっぽやも三が日は休みなので、今日は1日、正月気分に浸ろうと楽しみにしている。
白久の部屋に荷物を置いたら、日野や黒谷と一緒に初詣に行く事になっていた。

「こちらは荒木に差し上げるお年玉です
 どうぞ、お受け取りください」
白久が微笑みながら厚めのポチ袋を手渡してくれた。
「ありがと」
俺は照れた気分で小さな袋を受け取った。
俺が20歳になるまではお年玉を渡したい、と白久が言うので素直に厚意を受け取ることにしたのだ。
「じゃ、今日の初詣の屋台は、俺の奢り
 それが、俺から白久へのお年玉」
俺はヘヘッと笑ってみせる。
白久から貰ったお年玉で買うので結果的には全て白久の奢りなのだが、何だか受け渡しの一手間で楽しい気分になってくる。
「ありがとうございます
 何を食べましょうか、楽しみですね」
白久も同じ気分なのか、嬉しそうに微笑んだ。

扉を開けると、ちょうど日野と黒谷も部屋から出てくるところだった。
「明けましておめでとうございます
 今年もよろしくお願いします」
2人とも新年の挨拶を交わす。
2人に会うのは、去年の最後のバイトの日以来だった。
バタバタしていたので、メールも送りそびれていた。
「去年からずっと、黒谷のとこに泊まり?」
俺は少し羨ましいものを感じながら日野に聞いてみる。
「ううん、黒谷のとこには今日から泊まり
 年末年始は家族で過ごしてたんだ
 家族サービスってやつ
 婆ちゃんのおせち食べて、母さんからお年玉貰って、初詣行って、正月番組見て、こたつでミカン食べて、ダラダラしてた
 何年ぶりかな、そんな普通の正月」
日野は照れた顔で頭を掻いた。

「黒谷との時間は、焦って作らなくてもいいかなって思えるようになってさ
 この先いくらだって、一緒に居られるんだし」
余裕を見せながらそう言う日野が、少し大人に感じられる。
「お前は?白久のとこで年越し?」
逆に日野に訪ねられ、俺は年末年始の顛末を報告した。
「何だ、荒木も家族サービスしてたのか」
日野の言葉に
「忙しないサービスだったよ」
俺は肩を竦めて見せた。
「でも、お年玉、稼げたろ?」
声をひそめて聞いてくる日野に
「まあな」
笑いを隠せない顔で返事をしてしまう。

「そろそろ参りましょうか」
荷物を持った白久と黒谷に促され、俺達は影森マンションを後にする。
「向こうであまり買わなくても良いように、飲み物は色々用意してきました
 温かい物も冷たい物もありますので、飲みたくなったら遠慮なく言ってくださいね」
黒谷が日野に話しかけていた。
「うん、ありがと
 でも俺、向こうで甘酒だけは飲みたくて
 何か、あれ飲むと『正月』って感じするんだよな」
日野は照れた顔で笑っている。
「荒木は?向こうで何か飲みたい物はありますか?」
白久に尋ねられ
「俺は別に無いかな
 あ、オヤキ売ってたら食べたい!ナスのやつ
 後はフランクフルト
 屋台で食べると、いつもより美味しく感じるんだよね」
俺は何を食べようかワクワクしてきた。

「焼きそば、たこ焼き、お好み焼きは外せないよな
 屋台小麦粉3種の神器!」
日野は鼻息も荒く宣言する。
「確かにそうなんだけど、3種食べると腹にたまるなー
 って、今回はお前と一緒だから、色んな物少しずつ食べられるのか!
 屋台メニュー全種制覇いけるかも」
「4人で攻めれば不可能じゃないかもよ」
俺と日野は顔を見合わせてニンマリ笑った。

「白久と黒谷は何食べたい?
 やっぱ、肉系?チキンステーキとかタン串が良いかな?
 ケバブサンドも美味しいよね
 渋めに、焼き鳥ともつ煮込み?」
俺が聞くと、白久も黒谷も戸惑った顔を見せた。
「秩父先生がご存命だったときに、何度かお祭りの屋台に連れて行ってもらった事はあるのですが
 今は屋台の種類が増えていて、何が何やら」
困惑顔の2人に
「じゃ、俺達が屋台の食べ物教えてあげる」
俺と日野は笑顔を向けるのであった。

白久と黒谷は
「飼い主と屋台巡りをしている犬が、少し羨ましかったのです」
「僕たちも、同じ事が出来るのですね」
嬉しそうに微笑んだ。
「しかし、祭りの最中に飼い主とはぐれるケース、多いんですよね」
そう言って苦笑する白久の手をしっかり握り
「はぐれたって、白久は必ず俺のこと見つけてくれるだろ?」
俺は確認するように聞いてみる。
「はい!」
白久は真剣な顔で、力強く頷いてくれた。
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