しっぽや1(ワン)

□温泉旅行!気分
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『うん、まあ、こんなもんだよね』
ガラポンを回しコトン、コトンと出てきた玉は、ハズレが3個、6等が1個だった。
ティッシュ3個とバスタオル1枚を手にして、俺達は事務所に戻る。
「白久と温泉旅行に行きたかったなー」
ため息を付く俺に
「荒木が私のために当ててくださった
 それだけで十分です」
白久はバスタオルを大事そうに抱えてみせた。

事務所に戻った俺達と入れ違いで、黒谷と日野がランチに行くことになった。
「俺もガラポン引いてみるよ
 黒谷が5枚、福引き券あるって言ってるから
 特賞は温泉旅行か、気合い入れて引くぜ!
 当たったら、荒木にもお土産買ってくるからな
 やっぱ、温泉旅行の土産は温泉饅頭かなー」
気の早いセリフを残し、日野は事務所を後にした。

長瀞さんは、まだ帰ってきていなかった。
連絡も無いらしい。
他の化生達は捜索に出ていて、空は午後のしつけ教室を行っている。
「今日って、何気に忙しいね」
シンとしている事務所内を見回して言う俺に
「事前に依頼数がわかりませんから、日によって落差が出てしまうのですよ」
白久は苦笑を見せた。


そんな静かな事務所内に

ドダダダダダッ

荒々しい足音が響きわたると同時に『バンッ』と乱暴に扉が開かれた。
そこには息を切らせた波久礼が立っている。
「貴方、少しは落ち着いたかと思ったら
 今は猫達がいないから良かったものの、驚かせてしまいますよ」
白久に呆れた顔を向けられ
「そうか、猫達は居ないのか
 しかたない、私が自分でやろう
 白久、流しを借りるぞ」
波久礼は何かを抱えて控え室に消えていった。
俺と白久は顔を見合わせる。
それから2人で、そっと控え室をのぞき込んだ。

控え室のソファーには波久礼の着ていたコートが乱雑に置かれ、泥だらけのスーツが床に投げ出されている。
波久礼は流しで、何かを洗ってた。
「大丈夫、怖くないよ
 お湯の温度はどうだい?温かいだろう?
 大丈夫だよ、大丈夫」
水音に混じり、波久礼の優しい囁きが聞こえる。
「ニァ……」
それに答えるように、か細い猫の鳴き声が聞こえてきた。
俺と白久は再度顔を見合わせると、波久礼に近づいた。

波久礼が洗っていたのは、小柄な猫であった。
俺達に気が付いた波久礼が
「すまん、流しは後で洗って消毒しておくから、この子を温めさせてくれ
 泥水に浸かっていたので、芯まで冷えてしまっているんだ」
泥で固まった猫の長い毛を丁寧にほぐしながら、すまなそうな顔を見せる。
「いえ、それはかまいませんが
 その方はいったい?」
白久に訝しい顔を向けられると、波久礼は目を泳がせ
「あー、その、何だ、バスタオルがあれば貸して欲しいのだが
 それと、雨の日に保護されたもののためにドライヤーがあったと思ったが」
微妙に言葉を濁した返事をする。
「白久には新しいの買ってあげるから、さっきもらったやつあげよう」
俺が苦笑して言うと
「はい」
白久も同じような顔で頷いた。

洗われてドライヤーをかけてもらった猫は、濡れているときの倍の大きさに見えた。
事務所のソファーに座る波久礼の膝の上で、クツロいだ顔を見せている。
フワフワの毛で、耳や顔、足先の茶色い猫だった。
「この子って、ヒマラヤンって種類?」
俺が手を伸ばしても怯えた様子は見せず、温和しく撫でさせてくれる。
人慣れしているので、飼い猫のようだ。
「そうですね、足先が白くないし毛も長いのでバーマンではなさそうかと
 長瀞に確認してもらおうと思っていたのだが」
波久礼が優しい微笑みを浮かべると、猫は微かにノドを鳴らした。

「ヒマラヤン?」
白久が首を傾げ、考え込む顔を見せる。
所長机の上に置いてある依頼リストをめくりながら
「波久礼、その方どこで保護したのですか?」
少し厳しい声で詰問した。
「いや、今日は猫カフェの今年最後の営業日だと熊さんが言っていたのでな
 挨拶に行こうと思っていたのだが
 どうにもボンヤリしていたのか、電車の乗り継ぎを間違えてしまって…」
波久礼は少し頬を赤らめて、ゴホンと咳払いする。
「ここからは離れた駅なんだが時間帯が悪かったのか、次の電車が中々こなくてな
 それで、少し散策してみようかと
 駅から少し離れると、田圃や用水路があるのどかな風景が広がる場所に出て…」
「で、用水路からその方の助けを求める想念が届いたのですね」
白久が『ふう』っとため息をつくと、波久礼はばつの悪そうな顔で俯いた。

「波久礼、貴方、猫の探知能力上がってませんか?
 その調子で何匹も保護していくと、パンクしますよ」
白久の言葉に波久礼は巨体を縮こまらせて
「…すまん」
小さな声で呟いた。
波久礼が電車を乗り間違えたのは偶然なのか猫に呼ばれたのか、判断がつきかねる状況ではあった。
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