しっぽや1(ワン)

□お泊まりデート〈 K2 〉
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空と約束を交わした翌日、昼で仕事が終わった僕はしっぽやに顔を出した。
1日だけバイトをしたい旨を伝えると
「空から話は聞いてます
 いやー、手伝って貰えるのは助かりますよ
 日野も荒木も試験があるから暫く来れなくて
 その代わり、試験休みは頻繁に来てもらえるんですけど
 朝からずっと、日野と一緒です」
黒谷が顔をニヤつかせてそんな事を言う。

「しつけ教室は土曜日の方が働いている飼い主が参加しやすいので、空の休みは金曜日で良いですか?
 しつけ教室の関係で、あいつにはあまり土日の休みをあげられなくて申し訳ないんだけど」
すまなそうな顔の黒谷に
「いや、うちの店も定休日無いんで、僕も土日はほとんど休めないから
 平日、ゆっくり空とお店巡り出来る方がありがたいんです
 僕、人混み苦手だし」
僕は慌ててそう答える。
「そう言ってもらえるとありがたいですよ
 あ、1日分とはいえ、バイト代はきちんと支払いますからね
 空の面倒みてもらうんですから、それくらいはさせてください」
黒谷が頭を下げてくるので、僕も金銭授受に関して強く断れなかった。

こうして、しっぽやでの僕の初バイトが決まったのだった。





翌週の木曜日の夜、空と待ち合わせてドッグカフェで夕飯を食べる。
すっかり常連になっている僕たちに、親しげな声がかけられた。
近所のペットショップで働いていることが知られているので、新しい商品の情報を求められたりするのだ。
以前の僕は上手く他人とコミュニケーション出来なかったが、今は空が居てフォローしてくれる。
それに、ここに居る人達は犬が好きなのだ。
そんな気安さもあって、この店では僕は自然体で振る舞えていた。
この店に初めて連れてきてくれたのは空だ。
空と知り合えたこと、空と一緒に居られること、僕にはそれが大切な宝物のようであった。

夕飯を終え、影森マンションへの帰り道
「クリスマスメニューのチキン、美味かったー
 この時期、どこに行ってもクリスマスメニューあるのな」
空が満足そうな声を出す。
「デザートのケーキも美味しかったし
 クリスマスは忙しくて一緒に過ごせないから、少し早いけど僕たちのクリスマスだね」
僕が言うと、空は満面の笑みを見せた。
「多分ゲンが『クリスマスパーティーやろうぜ』って言ってくれると思うけどさ
 カズハと2人のクリスマスってのも味わいたかったんだ
 俺のわがまま聞いてくれて、ありがとう」
エヘヘッと笑う空の腕に、僕は腕を絡めて寄り添った。
「僕も、空と2人のクリスマスしたいと思ってた
 休みの間は、ずっとクリスマスってことにしちゃおうか
 クリスマスだって、キリスト教のお祭りの真似だし
 って、本来はまた違うみたいなんだけどさ
 皆、どこかのお祭りの真似して盛り上がりたいんだよね」
舌を出す僕に
「よし!そうしよう!」
空は嬉しそうな笑顔を向ける。

「でさ、今夜は可愛いカズハをプレゼントしてくれる?」
耳元でそう囁かれ、僕は頬が赤くなるのを感じた。
でも思い切って
「僕には、格好良い空をプレゼントしてね」
そう言ってみた。
「俺、うんと頑張るよ」
微笑みながらそう答える空は、すでに十分格好良かった。


空の部屋に帰ると、お湯を沸かす。
「この時期だから、クリスマスティーを色々買ってみたんだ
 今年はどの店のも当たりだと思うよ
 こっちはオレンジピールがメイン、こっちは葡萄
 このバニラのはミルクティーに合いそうだよ
 これ、淹れてみようか」
「うん、甘い匂いがするね」
空が僕の手元に顔を寄せてきた。
その横顔が格好良くて、僕は少し見とれてしまう。
「カズハ、紅茶に詳しいのな」
ニッコリ微笑まれると、今度は可愛くてドキドキする。
「そうでもないけど…
 姉が紅茶好きだったから、一緒に飲んでるうちに少しね
 僕、お酒飲まないし、紅茶くらい贅沢しようかなって
 女々しいね」
僕は照れ笑いを浮かべた。
「ううん、可愛い」
空はそんな僕の頬にキスしてくれた。

ミルクティーを淹れ、空と並んでソファーに腰掛ける。
暖かで和やかな空気に包まれていた。
空がそっと僕に寄り添ってきた。
「これ、美味しいね、甘いもの食べたくなる」
エヘヘッと笑う空に
「明日は部屋でクリスマスしようか、チキンやケーキ買って」
僕はそう提案してみる。
「うん、そうしよう!
 そうだ、クリスマスプレゼントっての渡したいんだけど
 俺一人じゃ買いに行けなくて…
 一緒に選んでもらって良い?
 こーゆーの、サプライズって奴の方が良いのかな…」
おどおどと聞いてくる空に
「じゃあ、僕も空へのプレゼント、一緒に買いに行ってもらおうかな」
そう答える。
「なら、明日はプレゼント買いに行こう!」
空の笑顔で、僕は幸せな気持ちになった。

その夜は空に抱かれた心地よい疲労感の中、翌日の楽しい休日に思いを馳せて暖かな闇へ意識を手放すのであった。
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