しっぽや1(ワン)

□お泊まりデート〈A〉
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side〈ARAKI〉

土曜日、4時間目の授業中、俺の心は教室には無かった。
科目が『数学』だったせいもあるけれど、これからバイト先のしっぽやに向かうのが楽しみでしょうがなかったのだ。
隣の席の日野を横目で見ると、真剣な顔で熱心にノートをとりつつも、その口角が上がり気味であることに気が付いた。
『やっぱり、こいつもお泊まりだな』
俺はそう確信する。
明後日が休日のため、今日から白久の部屋に2泊3日でお泊まりバイトなのであった。
しかも、明日の日曜日は白久の仕事を休みにしてもらったので、ゆっくりデート出来るのだ。
2日も泊まると言うことで親父を説得するのは大変だったが、今となってはそんなことは苦労の内に入らなかった。

長かった4時間目が終わると、俺は速攻荷物をまとめる。
日野とアイコンタクトで頷きあい
「お先っ!」
そう言うと、2人で教室を飛び出した。
俺と日野が同じ所でバイトしていることは、クラスメイトには教えていない。
下手に知られると『自分もバイトしたいから紹介しろ』と言われそうなので、秘密にしておこうと日野と決めたのだ。

校門を出て日野と並んで駅に向かいながら
「お前も、泊まり?」
俺は何となく声をひそめて聞いてみた。
「ああ、2泊するよ
 お前も?」
日野はニンマリ笑って、同じく声をひそめて聞き返してきた。
「俺も2泊
 うち、お前んとこと違って泊まりにはうるさいからさー
 親父を説得するの、大変だったよ」
肩を竦めて、俺はそう答えた。
「うちは放任って訳じゃないけど、婆ちゃん寛容だからさ
 ま、親にかまってもらえなかった分、友達との付き合いを規制したくなかったんだろ
 今までにも何回か、黒谷のとこに泊まりに行ってるんだ」
笑いながら言う日野が、とても羨ましかった。

「良いなー、カシスが来てからマシにはなったけど…
 親父、そーゆーとこ厳しいってゆーか、うるさいんだ
 早く子離れして欲しいよ」
俺は、ため息と共に不満を吐き出した。
「荒木のお父さんって、優しそうで良い人そうじゃん
 大事にされてんだから、文句言うなよ
 俺はお前がちょっと羨ましい
 薄情だけど、俺、もう父さんの顔、上手く思い出せないんだ
 母さんと離婚する前から別居してたから、10年近く会ってないし」
日野の言葉に、俺は息を飲む。
「あ…そっか…
 そうだ、よかったら親父がいる時に遊びに来いよ
 親父、日野のこと気に入ってるし、父親みたいだと思われれば悪い気しないって」
取りなすように言う俺に
「いや、良い人そうだけど、父親としては頼りない感じ
 せいぜい、近所の気安いお兄ちゃんみたいな?
 あの顔で、うちの母親よりかなり年上ってサギっぽいしさー」
日野は苦笑を向けてきた。
「…誉めるかけなすか、どっちかにしてくれよ」
俺はガックリと肩を落とした。


しっぽや事務所に到着し、ノックして扉を開けると笑顔の白久と黒谷が出迎えてくれた。
「荒木、今日はクロと一緒にお弁当を作ってきたので、控え室でのお昼にしましょう」
白久の言葉の後に
「日野のために沢山作ってきましたからね
 遠慮なく食べてください
 ご飯、一升(しょう)炊きました!」
黒谷が聞いたことのない単位を日野に告げていた。
「一升って何?」
小声で訪ねると
「10合です
 もっとも、一升炊きの炊飯器を持っていないので、私とクロで5合ずつ炊いたのですけどね」
白久はそう、教えてくれた。

俺達の到着に会わせ準備をしてくれていたらしく、所員控え室に入るとテーブルの上は宴会場のようになっていた。
白久も黒谷も、かなり頑張ってくれたようだ。
「凄い、歓迎会の時みたい!
 ありがとう、お疲れさま」
俺が頭を撫でると、白久は嬉しそうに微笑んだ。
日野を見ると黒谷の頭を撫でてキスをしている。
少しためらったが、俺も白久と軽く唇を合わせた。

ソファーに座り取り分け皿を手に取ると
「いただきまーす!」
俺達は料理の山に手をつけ始めた。
「キレイ、これ何?」
俺が手に取ったのは、ケーキのように鮮やかな段になっているご飯だった。
「ミルフィーユ寿司とでも言うのかな
 コップにお酢を塗ったラップをしいて、酢飯と具を交互に入れて作るんだよ
 さすがにお弁当に刺身とかナマモノは入れられないから、具は焼き鮭やそぼろ、卵焼きなんかを使ってるけど」
黒谷が誇らかに答えた。
「唐揚げは私が作ったんですよ
 長ネギとショウガをタップリ入れてみました
 それと、エビフライにメカジキのシソ巻き竜田揚げ
 野菜の素揚げもあります」
白久も誇らかに揚げ物の皿を指さした。

「荒木、誉めてあげて
 シロ、朝から揚げものしてて火傷したんだ」
黒谷の言葉に、俺は息を飲む。
「クロ、大したことないと言ったでしょう
 エビの尻尾を切り忘れていて、ちょっと油が跳ねただけです」
白久は軽く黒谷を睨むが、俺は心配でそれどころでは無かった。
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