しっぽや1(ワン)

□2人の秩父
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side〈Dr.KAZU〉

ボクの一族は医者が多い。
お爺ちゃんも、お父さんも、叔母さんも、叔父さんも医者だし、従兄弟達は医者になるため医大を受験すると言っている。
ボクはまだ、将来のことは考えていない。
でも、お父さんが院長をしている秩父総合病院ではなく、独立して秩父診療所をやっている貴弘(たかひろ)叔父さんのことは尊敬していた。

『お金のない人にも医療の恩恵を受けてもらいたい』

タカ叔父さんの言葉は、小学生のボクにはとても立派な言葉に思えた。
ボクが医者になるとしたら、タカ叔父さんのような医者になりたい。
タカ叔父さんは、ボクの憧れの人だった。

タカ叔父さんはお父さんの弟だけど、お父さんとは年が離れている。
叔父さんと言っても、ボクと17歳しか違わないので、何だか少し年上のお兄さん、って感じなのだ。
太っているお父さんと違い、タカ叔父さんはスマートだし背が高いし、目が大きくてマツゲが長くて、顔だって格好良かった。
タカ叔父さんが診療所を開くとき、お父さんも叔母さんもあまり良い顔を見せず、お爺ちゃんは猛反対していた。
それでもタカ叔父さんは一人で頑張って診療所を開いたのだ。
診療所はタカ叔父さんの城だった。

ボクは診療所に遊びに行くのが楽しみだった。
患者さんが居ないときは、タカ叔父さんはボクの話し相手になってくれる。
ボクはタカ叔父さんとお話しできることが、嬉しくてしかたなかった。
ただ、なぜだか診療所ではサングラスをかけて付けヒゲを付けていた。
『せっかくハンサムなのに台無しじゃないか』
ボクが不満を口にすると
『僕の顔じゃ、ここでは迫力出ないんだよ』
タカ叔父さんは困ったように笑っていた。


「用心棒?」
すっかり顔見知りになっている秩父診療所の看護婦さんが、今度から用心棒を雇うことになったと教えてくれた。
「秩父先生にとても心酔していてね、子分みたいなのよ
 背が高い人だけど怖くないから、カズ君もきちんと挨拶してね」
そう言う看護婦さんに
「タカ叔父さんの一番の子分はボクだよ!」
胸を張って言ってやったのに大笑いされて、ボクは気分を害してしまった。
『どっちが一番の子分か勝負してやる』
そう息巻いていたボクだったけど、彼を見てそんな思いは吹き飛んでしまう。


「ハナちゃん、この子は僕の甥っ子で『和弘(かずひろ)』って言うんだ
 来年は中学生だったか、早いもんだな
 カズ、こちらは親鼻さん
 うちの用心棒件雑用係ってとこかな」
紹介された人は、タカ叔父さんより背が高くて、ガッシリしているのに太ってなくて、タカ叔父さんよりずっと男らしいハンサムだった。
お父さんみたいに白髪の混じった髪だったけどくたびれた印象はなく、それはとってもキレイに見えた。
「こんにちは、カズ君
 私は親鼻と言います、どうぞ『ハナちゃん』と呼んでください
 これからこちらで働かせていただくことになりました
 よろしくお願いします」
彼は子供であるボクに丁寧に頭を下げた。
その声は凛として、ボクの胸にとても清々しく響いた。
「あ、あの、あの、秩父 和弘です!」
ボクは胸がドキドキして名前を告げるのが精一杯、それ以上彼に言葉をかけられなかった。

家に帰ってもずっとずっと、彼のことばかり考えていた。
彼に『カズ君』と呼んでもらえたことが嬉しくて、頬が熱くなってしまう。
タカ叔父さんに呼んでもらえたって、こんなに嬉しくなった事はない。
こんな気持ちは、初めてだった。
あろうことか、ボクは男である『ハナちゃん』に一目惚れしてしまったようだ。
それはボクの初恋、と言えるものであった。


それからのボクは、今まで以上に秩父診療所に通うことになる。
お茶の時間にお邪魔して、ハナちゃんと一緒にお煎餅なんかを食べるのが、本当に楽しみだったのだ。
「カズ君、ハナちゃんとどっちが秩父先生の一番の子分か勝負するんじゃなかったの?」
からかうような看護婦さんの言葉に
「ボクは用心棒じゃなくて、医者になるんだ
 勝負の舞台が違うよ」
ボクはもっともらしく言ってみる。
「カズ君は秩父先生のようなお医者様になるのですね
 とても立派です
 私は秩父先生の医療のお手伝いが出来ません
 沢山勉強してお医者様になったら、どうか秩父先生のことを助けてあげてくださいね」
ハナちゃんはとても優しい顔でボクのことを見てくれた。
ハナちゃんはボクが子供だからといって、バカにするような態度は絶対にとらない。
いつもボクを一人前の大人のように、丁寧に扱ってくれるのだ。
ボクはますますハナちゃんのことが好きになっていった。

『医者になったボクの隣に、用心棒としてハナちゃんが居てくれたら…』
ボクはいつしかそんなことを考えるようになっていた。
その頃から、漠然としていた『医者になる』という夢は強固な物に変わっていった。
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