しっぽや1(ワン)

□2人のD〈4〉
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オリンピックが終わっても、時代は加速度的に変化していった。
私は今は工事の仕事を減らし、診療所の補佐の方に重きをおいていた。
黒谷達は宿を代え、少しだけ離れた町に移動していた。
それでも月に1、2度は休診日に顔を出しに来てくれる。
皆、秩父先生に会えることを楽しみにしてくれているのだ。
「秩父先生、私たち化生に良くしてくださり、本当にありがとうございます」
頭を下げる黒谷に
「どう?みんな元気でやってる?
 具合悪いところはない?」
秩父先生は優しく笑って問いかける。
「元気です!」
新郷が明るい笑顔で答えた。
「秩父先生、先日、皆で三峰様のところに行ってきました
 こちら、お土産のお饅頭です
 旅行のお土産は、お饅頭が一般的だとお店の方に教えていただきましたもので
 人にお土産を買う、なんて初めてのことで何だかとてもわくわくしました」
白久がはにかんだ笑みを見せながら、紙袋を差し出した。
「ありがとう、嬉しいな
 お持たせで悪いけど、早速これ開けてお茶にしよう」
秩父先生の言葉に
「では、お茶を煎れてきましょう」
私は立ち上がり、台所に向かう。
こんなささやかな日常の積み重ねが、本当に貴重に思えるのであった。

「三峰様は秩父先生のことを、とてもありがたく思っておられました
 今まで僕たち、健康診断なんて受けたことなかったので
 飼い犬以外の化生の健康状態を気遣ってくれる人間がいるなんて、と感謝しておりました」
黒谷の話を、秩父先生は興味深そうに聞いていた。
「その『三峰様』っていうのは、化生を束ねるもの、みたいな感じなのかな?
 偉い人なの?
 その人に認められないと、僕はハナちゃんを飼えないのかな?」
少し心配そうな秩父先生に
「そんな事はありません!私は秩父先生の飼い犬です
 たとえ三峰様といえども、この関係を覆すことは出来ません」
隣に座る彼の手を握りながら、私はキッパリと答えた。

「大丈夫ですよ、親鼻」
白久が安心させるように微笑んだ。
「むしろ、三峰様は秩父先生に出資したがってるんだ
 こう言ってはなんだけど、診療所の経営、苦しいのでしょう?
 三峰様がお金を出してくださるので、もっと設備の整った診療所に立て替えてください」
真剣な顔で言う黒谷の言葉に、私と秩父先生は顔を見合わせる。
けれどすぐに
「まあ、確かに左うちわって訳にはいかないけどさ
 そこそこ頑張ってるよ
 大丈夫、君たちのお世話にならずとも、ハナちゃんと2人で頑張るから
 ああ、靖代さんと清美さんもいるか」
秩父先生は頭を掻きながら苦笑して言った。
それを聞いて黒谷と白久と新郷が顔を見合わせて
「合格!」
そう言ってニンマリ笑った。
私と秩父先生はわけがわからず、再度顔を見合わせる。

「三峰様から『出資話を持ち出してもそれに釣られないような方であれば、どのような協力も惜しみません』と申し使って参りました
 試すようなまねをして申し訳ありません
 どうか本気で資金提供のことをお考えください」
黒谷が頭を下げる。
「その代わり、と言っては何ですが
 私たちからもお願いがあるのです
 私たちの『保証人』になっていただけないでしょうか」
白久も頭を下げた。
「三峰様のとこに新入りが数人入ったんだ
 近いうちに俺たちと行動を共にするけど、人数が増えると宿では目立つ
 最近は人の目がうるさくなってるからさ
 出来れば、俺たちだけで部屋を借りたいんだよ
 でも、そうするには『保証人』ってやつが必要らしくて
 お願いです!俺たちが町中でもやっていけるよう、力を貸してください!」
新郷が勢いよく頭を下げた。

秩父先生は暫く考え込んでいたが
「そうか…そういうことなら、資金提供、受けるよ
 ギブアンドテイク、持ちつ持たれつ、だね
 医者という肩書きの僕なら、保証人にはうってつけだと思うよ
 大きな診療所の医師なら、なおのことだ
 さすがに、僕1人じゃ診察がきつくなってきたから、本当は医者の数を増やしたかったんだ
 ハナちゃんにも工事の仕事は辞めて、僕の側にずっと居てもらいたいしさ」
私を見ながら微笑んでそう言った。
「新入りの化生の子達も、ちゃんとうちに健康診断しに連れてきなね
 君たちが飼い主と巡り会って幸せになるお手伝い、僕にもさせて」
秩父先生の言葉を聞いて、私は誇らしい思いでいっぱいになる。
こんなにも、私たち化生に心を寄せてくださった人間は初めてだ。
「秩父先生!」
思わず彼を抱きしめた私の腕に、先生はそっと手を添える。
「でも、何よりもハナちゃん、君に1番幸せになって欲しい」
「私は幸せです、貴方のような飼い主に飼っていただけて本当に幸せです!」
涙を流す私の頭を、彼は優しく撫でてくれた。
その手の温もりはいつも心地よく、私は彼に対して永遠の忠誠を誓わずにはいられなかった。
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