しっぽや1(ワン)

□2人のD〈3〉
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僕はこの顔のせいで、今まで男に襲われそうになったことは何度もあった。
それもあって、顔を隠して診療所の医師を勤めていたのだ。
しかし思い返してみれば、親鼻は初めて会ったときから僕に熱い視線を向けていた気がする。
あのふざけた変装をしていた僕を、何故か気に入ってくれた。
正体がばれた後も、彼は変わらぬ態度で接してくれる。
彼が僕の容姿と言うよりは、僕個人に好意を寄せていることが伺えた。

「失礼いたしました、今後このような暴挙には及びませんので、どうかお側に居させてください」
親鼻は土下座して、大きな体を縮込ませる。
「ハナちゃん…」
僕は乱れた襟元を押さえ親鼻を見つめ、必死で自分の気持ちを整理していた。

彼にのしかかられた時、僕は本気で嫌悪を感じていたであろうか。
彼が自分に好意を寄せていることを、本当に気が付いてなかったのだろうか。
彼に触れられ、抱きしめられたとき、鼓動が早まったのではなかったか。
それは『トキメキ』とも呼ばれる感情に基づいたものではなかったのか。
今の行為で、僕も彼のことが好きだということに、ハッキリと気が付いてしまった。

その結論に思い至ると、2人っきりというこの状況を痛いほど意識してしまう。
彼に触れて欲しい、彼に触れてみたいと思う欲望が、僕の中でも膨れ上がってきた。
しかし彼は先ほどのことで萎縮してしまい、再び僕に触れようとはしてくれなかった。
混乱する思いを抱えたまま
「飼う、って言えば良いの?」
僕は、そんな言葉を親鼻に向けていた。
「えっ?」
驚いた顔の親鼻が顔を上げる。
「ハナちゃんのこと番犬として飼う、って言えば
 …抱いて、…くれるの…?」
彼の自分に対する想いを知っていながら、そんな誘うような言葉を発している自分が浅ましい。
けれどもそれを『冗談だよ』と、切り捨てる気にはなれなかった。

「飼って…いただけるのですか…?
 私の飼い主になってくださると…?」
親鼻の目に涙が溢れる。
「お守りします!私の全てをかけて、貴方をお守りします!
 今度こそ、番犬としての勤めを全(まっと)うしてみせます!」
真剣なその言葉に、彼が自分を卑下して『犬』と称している訳ではない事が伺えた。
何故か彼は犬として飼われることに、誇りを感じているようであった。
「ハナちゃん」
僕は彼の頭を撫でてみた。
何度か撫でたことのある髪であったが、改めて触るとその髪質は柔らかで、確かに大型犬を撫でている気分にさせられる。

「秩父先生」
親鼻が顔を寄せてくる。
その唇が僕の唇と重なっても、今度は僕は抵抗しなかった。
彼の舌がおずおずと口内に入れられると、僕はその舌に自分の舌を絡め濃厚な口付けを交わした。
彼が僕の服を脱がせていくのもそのまま受け入れる。
彼の唇が優しく身体を移動する事に興奮を感じていた。
「あ…ハナ…ちゃ…、親鼻…、ん…」
自分の口から出る甘い喘ぎに、こんなにも彼のことを待っていたのかと、僕自身が少し驚いてしまう。
彼に貫かれ僕に対する想いを解放されると、誇らかな気分になれた。
もちろん僕も、彼に対する想いを解放していた。
まだ日も高いうちからこんなことを、という背徳感もあったかもしれない。
興奮が冷めやらず、僕たちはその後も何度も重なり合った。

「そろそろ戻らなければ」
親鼻が時計を確認してそう言った。
彼の胸の中で少しまどろんでいた僕は、その言葉で我に返る。
「仕事、頑張ってね」
僕が微笑むと、彼は衣服を身に纏いながら
「はい」
素直に頷いてくれた。
その目に戸惑いが浮かぶのを、僕は見逃さなかった。
「どうしたの、ハナちゃん?」
僕が問いかけると彼は思い悩んだ顔になるが
「明日も、診療所に伺ってもよろしいでしょうか?」
そう聞いてきた。
「もちろんだよ、頼りにしてるからね、用心棒
 最高の番犬っぷりをみせて」
僕の言葉に
「任せてください!」
彼は誇らかに答えるのであった。


その後も、僕たちは休診日のたびに身体を重ねていた。
親鼻はいつも優しく、情熱的に抱いてくれる。
僕は愛されている自分を感じていた。
そして、彼のことを愛している自分を感じていた。

「先生、何だか最近色っぽくなってきましたね」
看護婦の靖代さんにそうからかわれることもしばしばあったが、僕は親鼻と一緒にいられる今の状況に満足していたのだ。
ただ、彼が時々何か言いたげな瞳で僕を見つめていることだけが気がかりだった。


親鼻と知り合って1年近く経っただろうか。
彼は昼間は診療所の雑務、夕方から工事現場に出る生活を続けていた。
休診日には相変わらず、僕たちの関係は続いている。
行為の後、親鼻に抱かれながらまどろむ時間は、僕にとって何よりの宝物のような時間になっていた。

今日も、親鼻に抱かれながらその温もりを堪能していた。
連日の激務で疲れているのか、親鼻は寝息を立てている。
僕はその端正な顔を、マジマジと見つめていた。
なめらかな頬に指を這わせる。
そのなめらかさに、ふと『彼は僕よりも若いのではないか』そんな疑念が浮かんだ。
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