しっぽや1(ワン)

□2人のD〈2〉
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仲間達に秩父先生の診療所で働かせてもらえるようになった事を話すと、彼らは喜んでくれ、協力すると言ってくれた。
昼の仕事が入っても自分たちだけで何とかするから、秩父先生に飼ってもらえるよう尽くしなさいと言ってくれたのだ。
仲間の思いやりに感謝しながら、私の診療所通いが始まった。


「用心棒…私はどうしていれば良いでしょうか?」
初日にそう尋ねると
「『用心棒』だと物騒な響きだから、患者さんには『何でも屋』を雇ってみた、とでも言っとくか」
先生は考え込みながら答える。
「サングラスのお医者さんに『何でも屋』
 うちの診療所、何だと思われるかしら」
看護婦さんが笑うと
「色物診療所だな」
秩父先生も笑ってくれたので、私も笑顔になった。

診療所にいると、私にも出来ることが多々出てきた。
小さな子供を連れてきた患者さんが診察を受けている間の子守、ぎっくり腰のお婆ちゃんを背負って家まで送り届ける、お茶の時間に食べるお茶菓子の買い出し。
少しでも先生のお役に立ちたくて、私は頑張ってそれらをこなしていった。
「ハナちゃんがいると、仕事に集中できて良いわ」
看護婦さんも事務の女の子も、そう言って私が居ることを喜んでくれた。
「ハナちゃん、この後も仕事あるのに悪いね」
先生は申し訳なさそうに言うが
「先生のお役に立ちたいのです」
私にとって、この診療所にいる時間は、仕事とはいえ何よりも心安らぐ大切な時間になっていった。


診療所に勤めるようになって1週間ほど経っただろうか、その日、私は少し早く宿を出てしまった。
『早く、秩父先生に会いたい』
そんな思いがあったのだろう。
診療所の扉に鍵はかかっていなかったので私はそのまま室内に入り、診察室に向かう。
「お早うございます」
そう声をかけると診察室から
「え?ハナちゃん?まだ早いじゃない?
 ちょっと待って」
焦ったような秩父先生の声が聞こえた後、ガツッと何かがぶつかる音、ガシャーンと物が倒れる音、『痛っ!』という悲鳴が響いた。
『待て』と言われたが先生の悲鳴で、私の身体は即座に動いていた。
「どうなさいました?」
私が診察室に飛び込むと、簡易机が倒れていて床にはピンセットや薬などが散らばっている。
先生は床に座り込んでいた。
私と目が合うと、情けない表情を作る。
先生はサングラスをかけていなかった。
大きな瞳に長い睫毛、口ヒゲが無いその顔はとても愛らしく、いつも撫でつけられている髪はボサボサで、少し寝癖が付いていた。

「バレちゃった」
肩を落とす先生を見て、私は自分が何か過ちを犯してしまったのだと悟った。
「申し訳ございません!」
必死に謝る私に
「いや、ハナちゃんが悪いんじゃないけどさ
 今日はちょっと寝坊してね、変装が間に合わなかった」
先生は苦笑を見せる。
「付けヒゲのノリが合わないのか、鼻の下はかぶれるし
 今日はどうしたもんかな」
ため息をつきながら
「ごめんね、同じ年くらいなのに偉ぶってこき使って」
そう私に謝ってくれた。
しかし、私には先生が何故謝るのか意味が分からなかった。

まだ床に座り込んでいる先生の側にしゃがむとその肩を抱き
「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
大きな瞳をのぞき込んで尋ねた。
「思いっきりスネ打った、痣になったなこりゃ」
先生は力なく笑う。
私が先生のズボンの裾をめくると、確かに青あざが出来ていた。
「立てますか?冷やした方が良いかと…」
「いや、大丈夫」
先生は私を杖代わりに体重をかけ、自分で立ち上がってみせた。

「聞かないの?何で僕があんな陳腐な変装してたのか」
ポツリと呟く先生の側に立ち
「どのような姿をしていても、私が先生をお慕いする気持ちに変わりはありません
 先生がお若いことには気が付いていました
 私の仲間にも、外見だけ年経て見える者がおりますし」
私は静かにそう語りかけた。
「今のお姿を拝見してはいけなかったのでしょうか
 どうかこの件で、私を辞めさせないでください
 お側に居させてください」
私の懇願に、彼は驚いた顔を見せる。
「ハナちゃんって、変わってるね」
先生は少し微笑んで
「こーゆーとこで1人で診療所開くには、僕の外見ってちょっと頼りないんだ
 少しでも老けて見えた方が良いかな、って思ってさ
 室内なのにサングラスかけてたって訳
 もっとも、そのおかげで最初は胡散臭がられて患者さん来なかったけど」
ポツリポツリと自分のことを話し出した。

「鼻の下が赤い…今日はヒゲを付けない方がよろしそうです
 先生はヒゲ剃りに失敗して落ち込んでいるから、その件には触れないでくれ、と皆にはそう言っておきます」
何とか彼の力になれないかとそう提案すると
「ありがと、この件は暫く2人の秘密にしといて」
先生は嬉しそうな笑顔になった。

彼と『秘密』を共有できることは、私をとても誇らしい気持ちにさせるのであった。
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