しっぽや1(ワン)

□2人のD〈2〉
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side〈OYAHANA〉

飼って欲しいと思える方が現れた。
今まで人と接していてもそのような気持ちになったことが無く、自分には一生巡り会えないのではと思っていたので、それは驚くべき事であった。
その方は診療所の医師『秩父先生』である。
どうすれば飼っていただけるのか、お役に立てるのか、私の暗中模索が始まった。


秩父先生に傷の手当てをしてもらってから1週間後、私は午前中に診療所を訪れてみた。
私以外に5人ほど診察を待っている人がいる。
地域の人に頼りにされている医師であるようだ。

「やあ、ハナちゃん、ちゃんと診療時間内に来たね」
私を見て笑いかけてくれる彼に、胸の鼓動が早まった。
口ひげを生やし、以前と同じようサングラスをかけていたが、明るい態度がそれを緩和しているため、いかがわしさは感じられなかった。
「抜糸は麻酔使わないから、縫うときより痛いかも
 耐えられるかな〜」
少し意地悪く言う彼に
「大丈夫です」
私はキッパリと答える。
包帯をほどき傷の治りを確認してくれる彼から、私は目が離せなかった。
彼の手が私の指をさすってくれる。
それだけで、とても幸福な気持ちになれた。

「指、動かせる?」
彼の問いかけで、私は怪我した指を動かしてみせる。
「うんうん、大丈夫そうだ
 じゃあ、抜糸するね」
彼はそう言って、丁寧に抜糸をしてくれた。
痛みはほとんど感じなかった。
消毒液を塗り、再び包帯を巻いてくれる。
「薬は飲んだ?痛み止めの追加はいらないかな?」
そう聞いてくれる彼に
「お薬はきちんと飲みました
 痛みはほとんどないので、痛み止めも必要ありません」
私はそう答えた。
「ハナちゃんは模範的な患者さんだ」
秩父先生にそう言ってもらえたことが、私には誇らしく感じられた。
「もう心配ないと思うけど、念のため1週間後にもう1度来られるかい?
 あんまり何度も来させてもお金かかっちゃうから、無理なら良いよ」
それを聞いて、私の心に焦りが生じる。
『治ってしまったら、もうここに来れない』
「心配なので、また診てください!」
焦る私を見て
「ハナちゃん、あんまり心配すると、白髪増えるよ」
彼は笑ってくれた。


1週間後に診療所を訪れると、その日は私以外の患者は来ていなかった。
「うん、傷跡は残るけど、きれいに塞がってる」
傷を診た後、彼が優しく手を撫でてくれて、私はまた幸せな気持ちになる。
この傷を見るたびに、私は彼と巡り会えた幸運を感じることが出来るだろう。
しかし
「もう、来なくて大丈夫だよ」
彼の言葉で、幸せに浸っていた私の気持ちが一気に冷えた。
「あの、ここで働かせてください」
気が付くと、私は必死でそんな事を口走っていた。
「君、医療資格とか持ってるの?」
驚いた顔の彼の問いかけで、私の気持ちはさらに落ち込む。
「資格などはありません…
 それでも、貴方のお側にいて、貴方の役に立ちたいのです
 何か、私にも出来る仕事はないでしょうか?」
必死に言い募る私に
「うちはしがない診療所だからさ、余分な人員にお給料出せないんだ」
彼は申し訳なさそうに答える。
「お給料はいりませんし、昼の間だけでかまいません
 夕方からは、私は今まで通り工事現場に働きに出ますので」
私には、このまま秩父先生と縁が切れてしまうことが耐えられなかった。
「それじゃ悪いだろ」
彼は困ったように考え込んだ。

「先生、そろそろ良いですか?
 吉川のお婆ちゃんから電話があって、膝が痛いから往診に来てくれないかって」
診察室のドアを開け、年輩の看護婦さんが入ってくる。
「あら、まだ診療中でしたか?」
驚いた顔の看護婦さんに
「いやね、こちらの方がうちで働きたいって言うんだけど
 医療資格が無くてね」
先生が苦笑を向けた。
「何でもやります、お給料はいりません
 何か仕事は無いでしょうか?」
私は彼女にも必死で訴えかけた。
彼女は少し考えた後
「先生、用心棒やってもらうのはどうでしょう
 ほら、こないだヤクザ者が来て、ちょっと騒ぎになったでしょ
 この人、身体大きいから、居てくれれば脅しになるんじゃないかしら?」
そう口添えしてくれる。

「先生を守るためなら、何にだって立ち向かいます!」
私が言うと
「まあ、先生ったら随分心酔されたもんですね
 任侠映画の子分が出来たみたいじゃないですか
 少し、使ってあげたらどうです」
彼女はクスクス笑いながら提案する。
「しかしだね」
先生はなおも何か言おうとするが
「お給料、いらないのね」
彼女はそれを無視して私に問いかけた。
「はい!先生をお守りしたいのです!」
私は彼女に懇願する。
「簡単なおつかいに出てくれる人が居ると便利だし、良いと思いますよ」
彼女の言葉で先生がため息をつきながら
「わかった、気が済むまで少し来てみればいい
 でも、本当にお給料出せないからな」
諦めたようにそう言った。

「頑張ります!」
私は喜びと共に答えるのであった。
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