しっぽや1(ワン)

□2人のD〈1〉
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戦後、僕たちは和銅の居ない村を出た。
村の男手が復員してきて僕たちの仕事が無くなってきたし、この村には長く居すぎたからだ。
もう少し都心の方は闇市が立ち、混乱しながらも人手を集めているような状況になっているという。
復興が始まっているのだ。
名残を惜しんでくれる村人たちがいることに感謝しながら、僕たちは村を後にするのであった。

その時は甲斐犬の僕、柴犬の新郷、それに秋田犬の白久と親鼻の4人で行動していた。
黒茶髪の僕と茶髪の新郷はまだしも、白髪の白久、白黒の奥深い色合いを持つ虎毛の親鼻の毛色は少し目立つ。
彼らは大型犬ゆえの長身である、と言うことも人目を引いたが、穏やかで大人しい性格であるため問題視されることは少なかった。
むしろ彼らは『心配性の若白髪』だと思われていた節があった。
人という者は、奇異な者を自分たちの常識の範囲内で収めるような作用を働かせる時がある。
僕たちにとって、それは幸運な事であった。


「都会ってのは、人の多いとこだよなー」
新郷がビックリした顔を見せるが、僕を含め他の者たちにしても同じ意見だった。
化生する前も化生した後も、こんなに人が多い場所で暮らしたことはない。
僕たちは日雇いの肉体労働をしながら『木賃宿』と呼ばれる宿泊施設を転々とする生活を送っていたのだ。
戦争が終わった復興期のこの時代、職を求める人が溢れかえっていた。
その中で成功する者しない者、明暗が別れ始めている時代でもあり、どうにも人間関係がギスギスしているように感じられた。
「『しっぽや』なんて屋号で『何でも屋』なんて始められるのは、まだまだ先って感じだよね
 待ってても仕事はこないから、自分たちで探しに行かなきゃならないし
 でも、資格やらが無くても仕事もらえるだけマシかな」
「『しっぽや』
 尾の無い私たちが尻尾を名乗る、面白い考えだと思うんですけどね」
「今だって出来そうな仕事は何でも引き受けてるし、『何でも屋』には違いないと思うよ」
狭い部屋に雑魚寝しながら、僕たちはそんな話をした。

「しかし、こんなに人が居るのに『飼って欲しい』って思える人に会えないのは寂しいもんだな」
新郷の言葉で、皆、言葉が出なくなる。
「うん、でもさ、飼い主と暮らせるなら、もっと落ち着いた時代の方が良いと思うよ
 きっともっと復興が進めば、穏やかな時代になるんじゃないかな」
僕が言葉を足すと、さらに重い空気が流れた。
戦争で新たに得た飼い主を失った僕を、気遣ってくれているのだ。
「これからは和銅が作ってくれた平和な時代になるんだ
 より良い時代がくるよう、少しでもお手伝いしたいよ
 犬の身にすぎない僕に、どれほどのことが出来るのかわからないけどね」
何でもないことのように笑いながら言うと
「私も、いつか出会える飼い主のために、良い時代を作るお手伝いがしたいです」
「俺も」
「私も」
仲間たちは同意してくれる。
「じゃ、体力温存のためもう寝ようか
 明日も朝から頑張ろう」
僕たちはそうやって、変わりゆく時代を過ごしていた。



それは戦後15年を過ぎた頃。
何か大きな催しが開催されるらしく、あちこちで頻繁に工事が始まるようになった。
僕たちは長く働ける現場にありつけたため、暫く同じ宿に逗留していた。
そこは同じ現場で働く人間たちが多く泊まっていた。
しかし、正体がバレないかという危惧は抱かずにすんだ。
彼らは皆、その日を暮らすだけで精一杯だったし、あまり他人の事情に深入りしようとしない。
多分、自分の事も詮索して欲しくないせいだと思われた。
会えば挨拶をするし、同じ店で食事をしたり世間話くらいはする。
人間との当たらず障らずの関係は、僕たちにとっては気楽なものであった。


僕たちには住民票や戸籍がない。
そのため、健康保険というものに加入したことはなかった。
病院に行けない僕らは、なるべく病気にならないよう、怪我をしないよう気を配っていた。
しかし、時に危険な作業を伴う工事現場では、ほんの一瞬の油断が事故につながる。
工期が押してしまい夜間も仕事をしていた僕たちは、その一瞬の油断に見舞われてしまった。
親鼻が、機械に指を挟まれたのだ。

「親鼻!」
僕たちは仲間の血の臭いを嗅ぎつけ、自分達の持ち場を離れてしまった。
「おい、お前達何やってんだ!さっさと持ち場に戻れ!」
すぐに現場監督の怒声が響く。
しかし僕たちは、親鼻の元を離れなかった。
「大丈夫か親鼻、指の感覚は?」
僕が問いかけると
「多分、指が千切れてはいないと思いますが
 痺れていて感覚がありません」
親鼻は顔を歪めながらそう答える。
指を押さえる彼の手の間からは、鮮血が滴っていた。
「どうしよう」
1番年若い新郷がオロオロとする。
「この辺にヨモギでも生えていれば、血止めが出来るんですけどね」
親鼻はそんな新郷を安心させるよう、微笑んだ。
「そんなことで済ませられる怪我じゃないだろう」
僕も内心かなり動揺していた。
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