しっぽや1(ワン)

□台風がくれた時間
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次の日、100均で買ったレインコートとタオルをカバンに入れ、レインシューズを履いて登校する。
まだ電車も動いていたし傘で防げる雨量だったが、流石に風が強く、単なる雨ではないことを物語っていた。

俺や日野じゃなくても、授業中、皆がそわそわしているのが分かる。
何となく期待に満ちあふれた雰囲気が広がっていた。
「今日はどのクラスも集中力に欠けてるぞ」
4時間目の現国の時間、教室に入ってきた中川先生が苦笑いを見せる。
「皆のお待ちかねのお知らせだ
 今日の授業は4時間目で終わり」
先生がそう言うと、クラス中から歓声が上がった。
「お前達、寄り道せずに帰れよ?
 すでに止まってる路線が出てて、交通に影響が出てるんだ」
『はーい』
などとお行儀の良い返事をしつつも、クラスの中のざわめきは収まらない。
「ほら、これで最後なんだから集中集中!」
中川先生の爽やかな笑いで授業が始まる。
結局、浮かれた雰囲気のまま1時間が終わり、帰りの時間になった。


俺と日野は帰り支度を手早く済ませ友達に挨拶し、一緒に校門を出る。
「駅前のパン屋で昼飯買ってかない?」
日野の提案で、俺達はパン屋に向かった。
少し多めにパンを買い込み駅に行くと、いつもより混雑している。
駅の電光掲示板には運転見合わせをしている路線の案内が、次々と表示されていた。
俺と日野は顔を見合わせて、つい笑ってしまう。
「今日、お泊まりできそうじゃん」
「向こうの駅前の肉屋で、メンチも買っとこうぜ
 あ、コンビニでお菓子やジュースも買っとくか
 後、非常食にカップ麺!」
何だか俺達は、遠足に行く前の浮かれた気分になっていた。


朝よりも強い雨の中を歩き、俺と日野はしっぽや事務所に到着する。
「チャチだけど、無いよりマシだったな」
俺達はビル1階で100均製レインコートを脱いでビニール袋に入れた。
学校では友達に『ずいぶんな重装備だ』と笑われたが、長めのレインシューズにズボンの裾を入れていたので、あまり濡れずに済んでいた。
制服は無事だが、買ってきた物が入った袋はかなり濡れてしまった。
「中身は無事だから良いか」
俺達は滴のしたたる袋を手に階段を上り、ドアをノックすると事務所に入った。
「荒木!」
「日野!」
気配を読んで待機していた各々の飼い犬が、タオル片手に出迎えて髪や荷物を拭いてくれる。

「雨の中、大変でしたね」
労ってくれる白久に
「白久に会いたかったから平気」
俺は笑って答えた。
「皆、居る?この天気だとご飯食べに行くの大変だろ?
 色々買ってきたんだ、皆で食べよう」
俺達が買ってきた物を応接セットのテーブルに置くと
「やったー!メンチ、メンチ!」
匂いを嗅ぎつけた空が控え室から姿を現した。
「お弁当を作ってきたので、荒木と日野も食べてくださいね」
空に続き、双子の明戸と皆野が姿を現すが、後は誰も出てこない。
「あれ、これだけ?
 依頼が多くて出てるの?」
こんな日に大変だと思いながら聞くと
「今日は依頼が少なそうだから、後のメンバーは自宅待機にしてるんだ」
日野の髪を拭きながら黒谷が教えてくれた。

俺と日野が買ってきた物や、皆野作のお弁当をテーブルに広げ、ランチが始まる。
「あ、これ、前に日野に買ってもらったパン屋のパンだ」
「このコロッケ、長瀞さんのフリカケが入ってる
 美味しいアレンジメニューだね」
「インスタントのお味噌汁やスープもありますよ」
「サンドイッチ半分こしよう」
たわいもない話をしながら大勢で食べるご飯は美味しかった。
風も雨も強くなり、事務所の窓に雨音高く雨が吹き付けていたが、室内には和やかな空気が流れていた。

「白久、前にカシスの中にクロスケの意識はもう無い、って言ってたよね
 でもあいつ、親父が俺にあれこれうるさく言い始めると、助けに入ってくれるんだ」
俺の言葉に明戸と皆野が反応する。
顔を見合わせて、クスクスと笑い出した。
「あのチビ、よっぽど荒木のお父さんが好きなんだな」
明戸の言葉に、俺は首を捻る。
「荒木に焼きもち焼いてるんですよ
 だから、荒木のお父さんが荒木のことをかまうのを邪魔しようとするんです」
皆野が笑いながら解説してくれた。
「前の猫の意識じゃなく、あのチビの独占欲って奴
 俺達も、生前ちっとは覚えがあるな」
明戸が悪戯っぽくウインクした。

「荒木のお父さんの前で、カシスが荒木に甘えたりしませんか?」
皆野の問いに
「ああ、うん、いやに甘えてくるときがあるよ」
俺は心当たりがあった。
「それ、当て馬って奴だぜ
 荒木に撫でてもらいながら、チラチラお父さんの方を見てるだろ?
 『お父さんが撫でてくれないから、仕方なく荒木のところにいるんだけどな〜』ってアピールしてんの」
明戸の言葉はけっこーショックだった。
「えー、本気で甘えてきてると思ってたのに」
愕然とする俺に
「猫って奴は複雑だなー」
空の呆れたような言葉がかけられた。
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