しっぽや1(ワン)

□台風がくれた時間
1ページ/4ページ

side〈ARAKI〉

夕飯を食べた後、リンゴ狩りで採ってきたリンゴをデザートに食べながら、俺と親父と母さんはリビングのテレビに釘付けになっていた。
バラエティやドラマを見ているのではない。
ニュース番組のお天気コーナーに映されている、衛星写真に圧倒されているのだ。
「ちょっと、何?この雲…台風の目がこんなにクッキリ見えるなんて」
「今年は台風が少なくて良かったと思ってたら、こんな時期に、こんな大物が来るなんてな〜」
「明日の夕方、この辺直撃じゃない
 仕事行けるかしら?って、帰りの方が心配だわ」
「僕もその辺心配だよ、電車が止まるのを見越して車で行っても帰りに道路が冠水してたら目も当てられないしね」
「今の時点でかなり雨が降ってるのに、直撃したらもっと凄くなるんでしょ?」
「まだ離れてるのに、もう風も凄いよな」
心配そうに話し込む両親とは違い、俺の心の中は期待と不安が半々だった。
『学校が休みになるかも
 でも学校帰り、しっぽやにバイト行きたい、白久に会いたい
 電車が止まるのは心配だけど…
 止まれば白久のとこに泊まる口実になる』
学校のことは日野に聞いてみた方が良いかな、と考えていると
「荒木、学校から連絡来たか?明日、休校になるんじゃないか?」
親父がそう訪ねてきた。

「後で日野に電話してみる」
俺の答えに
「日野君のお家、学校から近いのよね?
 もし電車止まっちゃったら、泊めてもらったら?」
母さんがそんな事を言い出した。
『そっか、しっぽやに行く前に移動できなくなる可能性があるか
 せっかく白久のとこに泊まれると思ってたのに』
そう気が付いてガックリしたが、日野の家に泊まるのも楽しそうだった。
『日野のお祖母さん料理上手いから夕飯期待できるな
 そうだ、バイト代で新しいゲーム買ったって言ってたから対戦するのも良いか
 DVD観まくるのも良いかも』
「電話したとき、泊めてもらえるか聞いてみるよ
 準備、色々してった方が良いかな」
俺が楽しそうに言うと
「でも、ご迷惑じゃないのか?
 明日は学校休んで、家にいなさい
 バイトもあるのか?それは行かなくて良いから」
親父がムスッとした顔で口を挟んできた。

「荒木も、もう高校生なのよ?
 家にいるより、友達のとこにお泊まりする方が楽しいに決まってるじゃない
 プチ家出とかされるより、どこに泊まってるか分かってる方が安心でしょ?
 まったく、アナタ過保護なんだから」
母さんが呆れた声を上げた。
「いや、しかしだな、こいつには無断外泊の前科が…」
親父がブツブツ言いだしたところで
「ミィミィ、ンルルルルル」
カシスが甲高い泣き声を上げ、親父の足にまとわりついた。
「んん?どうしたカシス?風の音が怖いのか?
 ほら、パパのとこおいで〜
 よちよち、お家の中にいれば大丈夫だからね」
とたんに、親父の興味は俺からカシスに移行した。
もうクロスケの意識は無いと白久は言っていたが、カシスは時々こうやって親父の関心を逸らせてくれるのだ。

『サンキュー、カシス、愛してる
 今度、刺身でも分けてやるからな』
俺は心の中でカシスに礼を言うと
「行けそうなら、バイトも行くよ
 台風の中、避難中にはぐれるペットとかいるかもしれないし
 電車止まったら、先輩のとこに泊めてもらえるから大丈夫
 事務所の側に社員寮になってるマンションがあるんだ」
そう宣言する。
親父は何か言いたげだったが、抱き上げたカシスに前足で頬を触られ、顔が緩んで言葉もどこかに飛んでいったようだ。
「あら、社員寮まであるの
 ペット探偵、なんて胡散臭そうだと思ったけど、社員旅行にも連れて行ってもらったし、しっかりした企業なのね」
母さんが感心した顔で頷いた。
「うん、良いとこだよ
 皆、飼い主とペットの為に頑張ってるんだ」
俺は誇らしい思いで母さんに告げるのであった。


部屋に戻ると、俺は日野に電話をかけた。
「天気予報見た?明日、学校って休みになるかな?」
『特に連絡来てないけど…ってことは、学校あるんじゃないか?
 うちの学校、そーゆーとこ融通きかないよな』
日野から考え込むように答えが返ってくる。
「そっか、直撃予想時間が夕方だもんな
 せめて昼で帰りたいよ
 あ、もし帰りに電車止まってたら、泊まりに行って良い?」
『いいぜ!婆ちゃんも荒木に会いたがってるし
 てか、明日は部活が中止になるだろうから、しっぽや行って帰りに電車止まれば黒谷のとこに泊まれるんじゃないかと期待してるんだけどさ〜』
日野が楽しそうにそう言った。
「俺も、そう思ってた」
『良いタイミングで電車が止まんないかな』
俺達は笑いながらそんな事を言う。
『黒谷に、明日、荒木と一緒にバイトに行くって電話しとくよ』
「わかった、おやすみ」
『うん、おやすみ〜』

電話を終えた俺は、吹き荒れる風の音を聞きながら、ワクワクした気持ちでベッドに潜り込むのであった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ