しっぽや1(ワン)

□秋の休日
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日曜日、俺は頑張って早起きをして準備をする。
準備と言っても、着替えて身支度を整えた程度だ。
朝ご飯も昼ご飯も飲み物も、白久達が用意すると言ってくれた。
俺も日野も、最小限の荷物で行くことになっている。
『朝からずっと白久と居られるんだ』
俺は浮かれた気分で家を出ると、朝の清々しい空気を吸って意気揚々と駅に向かうのであった。


影森マンション最寄り駅で日野と待ち合わせをしている。
現れた日野は、大きなトートバッグを持っていた。
「え?何持ってきたの?何か必要だったっけ?」
焦る俺に
「いや、お土産用のリンゴを入れようかと思って
 婆ちゃんがあちこちに『孫が採ってきたリンゴ』とかって配りたいんだってさ
 スーパーで買うより高くつきそうだけど『孫が採った』ってとこがポイントだとか
 ジャムとか焼きリンゴも作りたいって言っててさ
 買い取り用の小遣い渡された」
日野が照れた顔を見せる。
「買い取り?」
「うん、あーゆーとこって、採った分のリンゴはその場で食べるか、買い取りになるんだよ
 あんまり調子にのって採ると、大変なことになるから気を付けろって言われた」
日野の言葉に、俺はビックリする。
「リンゴ狩りって、そんなシステムなんだ?
 俺、2個も食べれば十分だな
 土産は…6個くらいか?母さんお菓子とか作んないし
 これは厳選して採らないと」
俺は気を引き締めて、待ち合わせ場所に向かった。


影森マンションの駐車場では、ゲンさん達が車に荷物の積み込みをしていた。
「おはようございます」
俺と日野が声をかけると
「おう、おはよう」
ゲンさんが丸サングラスを持ち上げてヒヒッと笑う。
今日の格好はラフなシャツにジーンズで、いつもの背広スタイルよりゲンさんによく似合っていた。
「おはようございます」
長瀞さんは長い髪を後ろで一つにまとめ、白いジーンズを履いている。
黒谷も白久もいつものスーツではなく、カジュアルで動きやすそうな服装をしていた。
白久は、以前に俺が買ってあげた帽子を被っている。

「おはよ白久、帽子使ってくれてるんだね」
俺が声をかけると
「荒木、おはようございます
 クールな犬に見えるでしょうか?荒木に気に入っていただけると良いのですが」
白久は心配そうな顔で確認してくる。
「似合ってる!」
俺の言葉で、白久の顔が輝いた。
俺達の隣では
「黒谷はどんなデザインでも黒が似合うね」
日野に褒められた黒谷も顔を輝かせていた。
荷物を積み込んだワンボックスカーに乗り込むと、俺達はリンゴ農園目指し出発するのであった。


運転席のゲンさんは
「何か、遠足の引率してる学校の先生になった気分だな
 中川ちゃんの気持ちがわかるぜ」
上機嫌でハンドルを握っている。
流石に運転中はサングラスをかけていなかった。
助手席にはゲンさんの世話を焼く気満々の長瀞さんが座っている。
俺と白久、日野、黒谷は後部席に陣取っていた。
後部席と言ってもゲンさんの車は座席が取り外されていて、シートが敷かれた広々としたスペースになっている。
荷物を固定する工夫もなされていて、快適な空間であった。

「今日の弁当はデカワンコちゃん達が飼い主のために頑張って作ったんだ、お前等、うんと褒めてやれよ
 ちなみに、ナガトは事務所に配る用の弁当を作って空と双子に持たせたのだ
 俺達だけ遊びに行くのも気が引けるんで、皆にも幸せのお裾分け
 名シェフ長瀞の特製弁当!ありがたいよな」
ゲンさんは得意げに笑った。
「日野、朝ご飯抜きでお腹が空いたでしょう
 いっぱい召し上がってくださいね」
黒谷が甲斐甲斐しくお弁当を広げ始めた。
「荒木、好きな物をお選びください」
白久も負けじと俺の前に色々並べ始める。
大量のサンドイッチが所狭しと並んでいた。
俺も日野も目移りしてしまう。

「あ、エビとアボカドのサンドイッチ」
俺の言葉に
「以前に荒木が美味しそうに食べていたので、作ってみました
 マヨネーズに少しバジルを混ぜてみたのですが、お気に召しますでしょうか」
白久がサンドイッチを取り分けながら説明してくれる。
一口食べると、お店で食べた物と同じくらい美味しかった。
「凄い美味しい!」
思わず叫んだ俺の言葉を受け
「お、じゃあ、オジサンも荒木少年お勧めサンドにしようかな」
ゲンさんが口を開く。
「白久、エビとアボカドサンドを1つ取ってください
 私にはツナサンドを、それと温野菜サラダもお願いします」
すかさず、長瀞さんが白久に頼む。
しっかり野菜も頼んでいるあたり、流石だった。

「日野、スモークチキンのサンドはいかがですか?
 ハムカツもありますよ」
日野は朝からガッツリと、肉系のサンドイッチを食べている。
「こちらのディップを温野菜につけてください
 これはマヨネーズに味噌とゴマを混ぜたもの、こちらは醤油と刻んだ大葉を入れてサッパリと仕上げてあります」
「温野菜は茹でたのではなく蒸してあるので、野菜の甘みが引き立ちますよ」
白久と黒谷は嬉しそうに料理の説明を続けていた。
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