しっぽや1(ワン)

□芝桜3
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side〈SHINGOU〉

『友達』としての関係を壊すのが嫌で、俺は桜ちゃんに『飼ってくれ』と言い出せない日々を送っていた。
たとえ飼ってもらえていなくとも、彼の側にいて、彼のために何か出来る事は、俺に満足感を与えてくれていた。



「夏休みだし、週末は泊まりで海釣りに行くんだ
 泊まりと言っても、夕方出かけて夜通し釣って朝に帰ってくるんだけどさ
 釣果は干物にしといてやるよ
 陰干し用のネットに入れて干しとくと、けっこう上手い具合に出来るんだ
 新郷、来週まで来なくて良いからな」
桜ちゃんの言葉を聞いて、俺は何となく嫌な予感を覚えていた。
危険信号が点滅しているように、胸の中がモヤモヤする。
その感覚は初めてのことではなかった。
あのお方と最後に別れたときの感覚にとてもよく似ていたので、俺は居てもたってもいられなくなる。

「あの、俺も一緒に行って良いかな?
 釣りはやったことないけど…
 邪魔しないから、一緒に居させて?
 あ、俺、お弁当作るよ!釣りしながらだと、おにぎりが良い?」
必死で言う俺に
「でも、居るだけだと退屈だぞ?」
彼は困った顔を向けてくる。
「じゃあ、教えて?俺もマグロとかカジキとか釣ってみたい」
「船で行く訳じゃないから、というか、素人にはそんな大物無理だってば
 ボラでもかかれば御の字で、目当てはアジだぞ?
 それでも良いのか?」
確認する桜ちゃんに、俺は頷いて答えた。
「それから…本当に釣りするだけだからな
 変なことしてくんなよ」
警戒も露わに念を押すように確認する彼に
「大人しくしてる!」
俺は神妙に答えるのであった。


週末、しっぽやの仕事は2日ほど休みをもらい、俺ははりきってお弁当を作り、桜ちゃんの家に向かう。
釣りの時に着るベストや服、長靴等、桜ちゃんの父親の物を借りた。
「俺にはちょっと大きかったんだが、処分する気にはなれなくて取っておいたんだ
 新郷に使ってもらえるなら良かったよ」
彼は父親の服を着た俺を見て、懐かしそうな顔になった。
「クーラーボックスと竿はこれで、バケツやタモ網はこっち
 餌は向こうで調達して、と
 飲み物も重いから向こうで買うか
 新郷の弁当、楽しみだな」
いつになく楽しそうな桜ちゃんの様子に、俺は自分の不安が気のせいだったのではないかと思い始めていた。
しかし彼と一緒に出かけられることは俺にとっても楽しいことで、強引について行くことにして良かった、と浮かれた気分になっていた。

何度か乗り換えながら電車で移動し、空気に潮の香りが混ざる場所が近付くと、俺達と同じような格好をした人間の姿が多くなってきた。
「けっこう人が多そうだね、場所あるのかな」
ちょっと不安になった俺が聞くと
「あまり人が利用しない場所は車がないと行けないが、俺、免許持ってないから…
 でも、俺しか知らない穴場があるんで大丈夫だ」
桜ちゃんは得意げに笑って答えた。
電車を降りて駅の近くのコンビニで飲み物を買い込んだ。
釣具屋で餌を調達し、俺達は桜ちゃんの秘密の穴場に向かった。

「あれ?」
眼下に海を見下ろす崖の側で、桜ちゃんの顔が曇る。
「おかしいな、ここ、もっと緩やかに海に向かって降りていける場所があったのに
 この前の台風で崩れたのか?
 ここを当てにしてたんだが…」
彼は防波堤にでも戻ろうか、と逡巡していた。
「あそこまで降りられれば、荷物とか置ける場所に行けそうだよね
 あっちなら椅子も置けそうだし
 行ってみる?」
俺が指さすと
「ああ、あそこは前のままみたいだ」
桜ちゃんはホッとした顔になった。
俺達は慎重に崖を降り、海に突きだした自然の防波堤のような場所に到着する。

「完全に日が暮れると真っ暗になるから、地形をよく覚えておいてくれ
 ランプと懐中電灯は持ってきてあるし、今日は月明かりが期待できるから、ある程度の判別はつくがな」
桜ちゃんの言葉に従い、俺は周りの風景を脳裏に焼き付けた。
それから準備を整えて、釣り糸を垂らす。
『入れ食い』などという言葉にはほど遠い、ゆったりと獲物を待つ時間が始まった。
しかし、桜ちゃんと一緒に居られるだけで、俺の心は浮き立っていた。

「超力作爆弾おにぎり!これなら釣りしながら食べやすいかな、と思って
 ほうれん草入り卵焼き、ウインナー、焼き鳥、梅干し、鮭、沢庵入り!
 はい、桜ちゃんの分」
俺が渡した大きなおにぎりを、彼は驚いた顔で受け取った。
「すごい大きさだ、食べきれるかな」
苦笑する彼に
「朝ご飯に、もう1っこあるからね」
俺は笑ってそう告げるのであった。

「次々に色んな具が出てくるな、美味しくて楽しいおにぎりだ」
桜ちゃんが満足そうに俺の作ったおにぎりを食べてくれる。
『飼ってもらえなくても、こうやって桜ちゃんを陰から支えよう』
そう考えると、サバサバとした気分になってくる。
俺もおにぎりにかぶりつき、暫くは食事の時間を楽しんだ。
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