しっぽや1(ワン)

□芝桜2
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side〈SHINGOU〉

桜沢 慎吾という人間に飼ってもらいたい俺の努力が始まった。

「慎吾はさ、取っつきにくいとこあるけど、基本お人好しなんだ
 誠意を持って接すれば、だんだん懐いてくれるって
 まずは、あいつの家に出入り自由に出来るよう頼み込んでみるか
 身の回りの世話させたい、とか言ってよ
 お前だって、ナガトみたく料理とか出来るんだろ?
 家庭的な面もある、ってとこでもアピールするんだ」
ゲンが立ててくれる作戦を、俺はありがたい気持ちで聞いていた。
「ゲンと知り合いで良かった」
1人だったら、何をすればいいのか見当もつかなかっただろう。
「化生が1人でも多く、飼い主と巡り会って欲しいからさ」
畏(かしこ)まる俺に、ゲンは照れたように笑った。



「えーっと、こちらの影森 新郷君なんだが
 どうも、お前に一目惚れしたらしくてな
 試しに少し、お付き合いしてみないか?」
ゲンに連れられて桜沢の自宅を訪ね、そう切り出した彼に
「断る」
桜沢はにべも無く答えた。
「慎吾、少しは考えてくれよ」
ゲンが呆れた声で咎めても
「悪いが、俺はそーゆー趣味ないから」
桜沢は取り付く島もない。
「じゃ、友達から始めるってのはどうだ?」
粘るゲンに
「友達なら間に合ってる」
やはりキッパリと否定の返事が返ってきた。

ゲンは頭を抱え大きくため息を付くと
「俺が言うのも何だが、こいつ、良い奴だぜ?
 一目惚れっても、慎吾に急に襲いかかったりとか絶対しないし
 純愛って感じ?
 せめて友達にくらい、なってやってくれよ」
困ったようにそう頼み込む。
「特に友達を増やす必要性は感じていない」
桜沢は冷たく言い放った。
「あの、俺、絶対貴方のこと襲ったり噛んだりしませんから」
俺が口を開くと、ゲンと桜沢がギョッとした顔を向けてくる。
「噛む…?
 ゲンに余計なこと聞いたのか?」
桜沢は苦虫を噛み潰したような顔になった。

「俺、貴方の側にいて、貴方の役に立ちたいんです」
懇願する俺を後押しするように
「な?こいつ、こんな健気なこと言ってんだよ
 どんな奴か付き合いもせず断るの、可愛そうだと思わないか?」
ゲンが言い添えてくれた。
「付き合ってから断る方が失礼だと思って、今断ってるんだが
 どう頑張ってもらったところで見込み0だ」
しかし、桜沢の態度は変わらなかった。
「じゃあさ、使用人、みたいなのはどうだ?
 お前、一人暮らしだから家事とか色々大変だろ?
 新郷が身の回りの世話したいって言うんだ」
「あの、俺、自炊してるし料理とかけっこう得意です!
 ファジーな電化製品も、使い方覚えますから
 お願いします!」
更に2人がかりで押してみたが
「赤の他人を家には入れたくないし、家の電化製品は昭和の旧式なものばかりだ
 新しい物を買う余裕などないからな」
やはり、桜沢はそっけなかった。

「こいつもさ、身寄りがなくて独りなんだよ
 職場の仲間が居ても、家に帰れば寂しい夜を過ごしてるんだ
 別に肉体関係もて、とか言わないからさ
 たまに、話し相手になるくらいはしてやっても良いんじゃないか?
 一軒家で一人暮らしって、お前んとこちょっと物騒だから
 番犬代わりに使ってやれば良いじゃん
 本物の犬は、お前、怖いだろ?」
ゲンが意地悪く笑うと
「別に怖くはない、犬は嫌いなだけだ」
桜沢はムッとした感じで言い返した。

「肉体関係?俺、肉より、魚の方が好き
 ご飯にイワシの丸干しとか最高だよね
 後、サバとサンマとアジとか」
俺がエヘヘッと笑うと、ゲンがギッと睨んできた。
また余計なことを言ってしまったかと首を竦める俺に
「まあ、俺も肉より魚の方が好きだが
 青魚も良いが、メバルやイシモチ、ホウボウとか
 どれもスーパーでは手に入りにくいがな」
桜沢が呟いた。

「何だ、お前ら話が合いそうじゃん
 じゃ、週2、3日、夕飯作りに通わせるってので決まりだ
 休日に掃除や洗濯をやってもらうのも良いな
 やったな、新郷、頑張れよ」
ゲンは強引に約束を取り付けると、俺の肩をバシッと叩いた。
「おい、ゲン、俺は了承した訳じゃ…」
桜沢の言葉を無視して
「うちが保管してたこの家の合い鍵貸してやるからな
 絶対無くすなよ?
 家の中のことは慎吾に聞いて片付けるんだぞ?」
ゲンは話を進めていく。
「よろしくお願いします、俺、頑張りますから!
 名前ややこしいから、俺は桜沢さんのこと『桜ちゃん』って呼びますね
 俺の事は『新郷』って呼んでください」
俺は桜沢、桜ちゃんに深々と頭を下げて見せた。
桜ちゃんは物凄く嫌そうな顔をしたが、何も言い返してはこなかった。


「お前、ビミョーにズレたこと言うからハラハラしたぜ
 飼い主がいない化生は、どこかズレてるの忘れてた
 後はお前の頑張り次第だ、上手くやれよ」
帰り道、ゲンはそう言って俺を励ましてくれる。

こうして俺は、桜ちゃんとの関係を一歩踏み出せたのであった。
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