しっぽや1(ワン)

□黒谷
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『もしも僕が人であったなら、むざむざと「あのお方」を斬り殺させたりしなかったのではないか
 あのお方と一緒に刀を取り、共に戦えたのではないか
 人よりも小さな犬の体ではなく、人の体であったなら、切られるあのお方の盾となり、命を救えたのではないか』
あのお方と共に刀で切られた瞬間、僕が考えたのはそんな事だった。


深い深い思索の後、僕は人の体に化生していた。
化生した後、書物を読むことを覚えて知った。
僕とあのお方が命を絶たれた原因は『明治維新』という動乱の時代のせいだったと。
あのお方は書物に名前も載らない下級武士であった。

『クロや』

それでも、優しく僕の名前を呼んでくれるあのお方は、確かに存在していたのだ。
僕は、それをけっして忘れることは無いと思っていた。
2人目の『あのお方』に出会うまでは。



昔は化生という存在は今よりずっと少なく、猫の化生など見たことも無かった。
戸籍のない僕たちは、三峰様を頼りに『何でも屋』のような雑事を仕事とし、細々と生活しながら新たな飼い主を探していたのだ。
「何だか、きな臭い時代になってきましたね」
ラジオを聞きながら不安そうな顔でそう言うのは『白久』という、秋田犬の化生であった。
彼は平和な時代しか知らずに化生している。
飼い主が学のある者だったらしく、すぐに書物を読めるようになり、僕とは1番打ち解けている良き仲間となってくれた。
「戦争ってやつになりそうだ
 人間の争いは多くの命が散るから、本当に嫌なもんだよ」
あのお方を戦で失っている僕は、人間同士の争いごとがとても嫌いだった。
「とにかく、この村からは暫く余所に移れないね
 こんな時代だから、余所者は忌避される
 ただ逆に言えば、戦争が始まる前にこの村に溶け込めたのは運が良かったのかな
 正体がばれる前に、戦争が終われば良いけど」
無力な僕たちには、時代の流れというものに翻弄されるしかなかったのだ。

「悪いねぇ、こんなもんしかあげられなくて」
1日、畑仕事を手伝った見返りに貰えた物はサツマイモが4つ。
「いえいえ、本当にありがたいことです
 僕たちは配給が貰えませんので
 この村に置いてもらえるだけでも、感謝しきれません」
僕は丁寧に頭を下げた。
戦争が始まると食糧不足は深刻なものとなり、配給を受けられない僕たちは仕事が無い時は山で小動物を狩ったり、雑草を食べたりしていた。
戦争で男手が足りなくなっていたため、畑仕事の手伝いがこのところの主な収入源であったのだ。
この時は白久以外に2人の和犬の化生と、ひっそりと暮らしていた。
「戦っていうのは必ず終わるからさ、それまで少し頑張ろう
 明日は仕事が無ければ、山にウサギでも捕りに行こうか
 鹿かイノシシでも捕れれば、村の人に何かと交換してもらえるね」
僕が一番の年長者であったため、自然と皆のまとめ役になっていた。
こんな状況では『飼い主を探す』という事は不可能であった。

しかし、僕には気になる人がいた。
「こんばんは」
僕達が寝泊まりさせてもらっている村の有力者の離れに、1人の訪問者が現れる。
「明日、仕事を頼んでもいい?」
尋ねてきたのは、僕が気になっている和銅(わどう)と言う青年だ。
まだ年若く、ともすれば少年にも見える小柄で可愛いらしい感じの方である。
彼は村はずれにある寺の修行僧で、僕たちと同じく身寄りがないらしい。
寺の住職に引き取られ、修行しながら寺の雑事をこなしていた。
身寄りがない者達の集まり、と言うことになっている僕たちに同情あるいは共感しているのか、時々寺の仕事を回してくれるのだ。
儚げなところのある彼を、僕は『守りたい』と思うことがあった。
しかし何故か、それは会うたびに感じる感覚ではなかったのだ。
心惹かれる時とそうでない時の差がありすぎて、自分でも『和銅に飼ってもらいたい』と思っているのかよくわからなかった。

「どんな仕事ですか?何人で伺えばよろしいでしょうか?」
今日の和銅は心惹かれる状態であったため、僕は胸の鼓動が速まるのを自覚する。
『彼に飼ってもらいたい、彼の側にいたい』
そんな想いを押さえながら聞くと
「明日、オレと住職様が留守にしている間、掃除と留守番を頼みたいんだ
 朝から夕方までの間、頼めるかな
 1人いれば十分だと思うよ」
和銅はそう答えた。
「それなら、僕が伺います」
行ったところで和銅の側には居られないけれど、僕は咄嗟にそう答えていた。
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